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新型コロナ騒動をさらに考察〜4〜自由と文化を奪われるな

新型コロナの話題で4回連続となると、もうこのブログは何がメインテーマなのかわからないくらい霞んでしまいましたが今週も書こうと思います。

今回は自由や文化についてです。

新型コロナ騒動に自由を奪われてしまっています、そして文化的な活動も萎縮しています。

コンサートや観劇などが制限されているこの状況はまったく面白くありません。

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縛りたがる人達

感染症法改正で入院を拒否したら50万円以下の過料を、濃厚接触者の調査を拒否したら30万円以下の過料を支払わなくてはならないということになりました。

何が問題かというと、陽性でも無症状で普通に生活できる人達の行動までも縛られてしまうことです。

新型コロナに関しては毒性の弱さから、無症状者の行動まで縛る必要はないと私は考えています。

インフルエンザの時はこのような決まりはなくとも毎年、手洗いうがい必要に応じてマスク着用などの対策で1月末から2月頭の感染のピークが過ぎれば集団免疫ができて自然に収束していました。

なぜ、インフルエンザよりも弱毒の新型コロナに対してこのような法律が必要なのでしょうか、理解に苦しみます。

一度できてしまった法律は悪法であってもその撤廃をするのは簡単ではありません。

また、日本の場合は法律で決まりを作らなくとも「要請」だけすればかなりの強制力を発揮してしまうのも問題です。

小池百合子都知事が出した御触れ?でしょうか、20代と30代の若者に対して、昼も夜も外出は控えてください、飲み会はナシ、家で友人との飲食もナシ、職場の送迎会や仕事の打ち上げもナシ、スポーツ観戦や映画などイベント後の会食・飲食もナシ、カラオケ・ゲームセンターも控えて とのこと。

なんの科学的根拠と権限があってここまで人の行動を縛ることができるのでしょうか。

2月の初旬の都知事記者会見で出された要請
学級会で決めたことなのか?ギャグなのか?小池百合子のパフォーマンスに付き合わされる若者の気持ちは無視でしょうか

これをすることが科学的に感染者の減少に本当につながるという証拠はあるのでしょうか。

なぜ20代と30代のみを対象にこの要請が出たのでしょうか、警戒すべきはむしろ60代以上の方ではないのか、高齢者の方にはなぜ外出のナシナシ要請は出さないのでしょうか、これは若者差別ではないでしょうか。

このような要請を出した場合にカラオケやゲームセンターの営業妨害になると思われるが、それは問題ないのか。

そもそも、これほど弱毒の新型コロナに対してこの要請は不要です。

たちが悪いのは、これが法律ではなく要請であることです。

要請というのは法律ではないので強制性がない、つまりこの要請に従った場合は各個人の判断で従ったとみなされます。

個人の判断で勝手に従ったことなのでこの御触れによって被った実害があったとしても東京都はなにか補償する必要もないということになります。

これがまかり通っていること自体が大問題ですが、このような指摘をする人が少数派というのもまた問題です。

このような要請は憲法13条の「個人の尊重・生命・自由・幸福追及の権利の尊重」などに反する可能性があります。

憲法は権力者の暴走から国民を守るために存在していますので、よく憲法を確認して人権が侵されているレベルであれば国や都を訴えることも可能なのです。

文化を破壊するコロナ脳

ロックミュージシャンというのは反骨精神の象徴だと思っていましたがステイホームを訴えるミュージシャンが出てきたときはズッコケました。

4月頃にネットかなにかで見た記事の記憶なのでこれだけ長い期間まともにコンサートやライブが開催できない状態が続いている現在、そのミュージシャンが何を思うかはわかりませんが、最近はステイホームを叫ぶ芸能人は明らかに減りました。

まあ、マスクもつけずにドラマ撮影してステイホーム叫んでるわりには芸能活動というのがリモートワークでは成立しない仕事だからガンガン外に出ている、そういった現実のためにステイホームがトレンドから外れていったのでしょうね。

所詮はステイホームすらトレンドで言っていた言葉に過ぎないのです。

しかし、その破壊力は恐ろしいほどです。

昨年春に中止になったライブが今年の春、また中止になっています。

ネットでライブの配信をしてなんとか食いつなげるのは一部の大物ミュージシャンなどだけでエンターテイメント業界全体が大きな影響を受けています。

経済が庶民の生活の源であるとすれば、文化は庶民の心の豊かさを育むものであり、両方とも人が生きていく上で重要なものなのですが、新型コロナという弱毒のウイルスのためにこれだけの犠牲をはらう必要性があるのか考える必要があります。

新型コロナ恐いと言うマスコミをはじめとするコロナ脳の方たちは、自分たちが文化を破壊しているという自覚がないのだと思います。

また、文化が失われても知ったことではなく、とにかく自分が新型コロナにならないことを願う人達、それがコロナ脳の人たちの本質です。

なんでインフルエンザの時は騒がなかったのでしょうか?

「新型コロナだから恐い」と騒ぐこと自体がおかしな話だと気づかない、それがコロナ脳なのでしょう。

自由はいとも簡単に奪われていく

自由は権力などによって簡単に奪われていくものです。

わかりやすい例をあげるとすれば中国の香港民主派の活動家に対する姿勢です。

アグネス・チョウさんが有罪とされて収監されるというニュースを聞いた時にやはり中国という国に自由はないと再認識しました

これは特定の活動家に対してではないか、という反論があるかもしれませんが中国はチベットの先住民の虐殺という侵略的行為をこの時代にやってのける国であること、天安門事件の事実隠蔽をする情報操作をやってのけてしまう国であることから人権に対する配慮自体がそもそも欠如していると考えられます。

当然、そこに暮らす国民に真の自由はあるはずがありません。

日本の話に戻って、感染を防止するという名目でできた50万円や30万円の過料を課す法律もまた、公的権力が国民の自由を制限するものです。

感染を防止するためだから仕方ないのでしょうか?

これを仕方ないと思うのは思考停止していることを意味します。

なぜなら、新型コロナは弱毒ですからここまでの法律が本当に必要かどうかが精査されないままに国民の権利を狭める法律が成立してしまったことには問題があるからです。

ワクチン接種する、しないの自由

日本でのワクチン接種もそろそろ始まるようです。

ワクチン接種のする、しないの選択は個人の自由です。

ワクチンの接種については医療従事者であってもそれを強制することはできないし、接種しない人を差別するようなことがあってはいけません。

理由はいくつかあります。

まず、今回のワクチンは短期間で作られたもので通常の試験期間を短縮して実用化しているのでいわば、これから人体実験が始まると言っても過言ではない状態であることが1つ目の理由です。

もう一点は、これは日本などの新型コロナの感染者や死者数が少ない国で言えることですが、そもそもワクチンを接種するほどの事態でもなく、毒性の弱さから考えると通常の感染して免疫を獲得していくという考えで十分対応できるであろうと考えられるため、です。

ちなみに私は接種する気はありません、歯医者に行くのがめんどくさいというレベルの感覚で行きません。

それで新型コロナにかかったとしてもまったく後悔などしません。

その時は、ああ、罹ってしまったなと思うだけです。

そんなことより、弱毒の新型コロナにビビって自由と文化を奪われているような今の状況は本来あってはならない事態です。

1日も早く、通常に戻ることを願いつつ新型コロナのことを1ヶ月にわたっていろいろ書いてみました。

いろいろな本を読んだりネットでも調べて組み立ててみてはいるのですが、読む人によっては素人が何を言っているんだと一蹴されてしまうかもしれませんね。

たぶん、このテーマでまた書くことはあると思います、収束したとしても検証すべきことは残っていると思われるので。

本の紹介

以前のブログで読書感想文を書きました。カミュ ペストは読後感が爽やかでした この日本の新型コロナのゆるい状況と比較にならない状況が描写されています。

憲法の本質は国家権力を縛ることにあることが書かれています。巻末に憲法の条文が掲載されているので使い勝手がよいです。

新型コロナ騒動をさらに考察〜3〜グローバリズムの影響と死生観について

あいかわらず10代および1桁代の子供の死者は1人もいません。新型コロナは子供達より弱いので小学生から大学生までは普通に学校に行って普通に学んで遊べばいいと私は考えています。いや、子供だって死者は出ているという話しも聞きますが2/7現在、調べてみても日本の10代までは死者数ゼロ、20代で3人のみ。ということは、欧米での死者数の話をしているのかもしれません。

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子供の感染者数と死者数が少ないのは世界共通の傾向

調べてみると欧米では小児の死亡者が発生しています、それは事実です。

しかし高齢者の死亡者数と比較した場合に日本と同様に有意に子供の感染者数と死亡者数が少数であることが確認されています。

日経メディカルの記事などが参考になります。

COVID-19の死亡率の違いは年齢分布の影響が大 この記事では、致死率はどの国においても年齢上昇と共に急激に上昇すると表現しています。

はやしクリニックという小児科のお医者さんが作成した資料と思われますが下記のリンクもわかりやすく参考になります。

世界の子供たちの感染状況

この中からアメリカの状況を抜粋したものが下のグラフになります。

これは2020年5月ころにまとめられた資料のようなので現在の情報ではありませんが傾向は把握できます。

これらの情報から、欧米では子供の死者は発生しているが日本と同様に高齢者と比較してそのリスクはかなり小さいということができます。

子供たちは新型コロナなど恐れずに学校に行って学び遊んで普通に生活すればよいのです。

給食の時はみんな前を向いて黙って食べているようですが、そのようなことをする必要性もなくマスクも着用したい人のみが着用すれば十分です。

なかば全員マスクを強制されているような状態がよいとは思えません。

表情を読み取ることができないし、無駄に恐怖を煽る象徴となっていると思われるからです。

欧米では日本やアジア諸国と比較して高齢者のリスクが極端に大きい

欧米の死者数は日本やアジアの国々と比較すると桁違いです。

各国の死亡者数の差は中年から高齢者になればなるほど極端に大きくなっており、中年から高齢者の死亡者数の差がダイレクトに反映されています。

ここ最近のデータを確認します。

各国100万人あたり1日の死者数の推移↓

100万人あたり累積死者数の推移↓

2021年2/6時点の100万人あたり累積死者数を確認します。

United Kingdom(イギリス)1654.32人

Italy(イタリア)1505.13人

United States(アメリカ)1396.28人

Spain(スペイン)1312.94人

Sweden(スウェーデン)1199.59人

Brazil(ブラジル)1082.21人

India(インド)112.32人

Jpan(日本)50.39人

South Korea(韓国)28.69人

日本の死者数は欧米の1/20から1/30で推移しています。

グローバリズムに染まった考えが新型コロナの状況を正確に捉えることを妨げているのか?

数字をつぶさに確認すると決して各国の状況が同様ではないことがよくわかります。

日本をはじめとしたアジアでは明らかに何かの要因によって死者数が少なく抑えられています。

それは自粛をしっかりしたからというような理由でもなければ清潔だからという理由だけではないでしょう。

インドやベトナムは日本よりも公衆衛生的に劣りますが欧米との比較の上では死者数は圧倒的に少ないですから。

おそらく人種の違いによる何かが影響しています。

これだけの差があると欧米とアジアではその対応、対策は違ったものになるのが自然です。

欧米ではロックダウンが要請される事態だとしても日本ではロックダウンまでする必要がない、非常事態宣言による自粛すら必要なくインフルエンザの時の対応と同等で十分だったはず、というのが私の考えです。

ロックダウンレベルの対策や更なる自粛が日本にも必要だと唱える人たちはこれらの数字を確認して言っているのでしょうか。

それとも思考回路がグローバリズムに侵食されていて必ず欧米と同じになると思っているのでしょうか。

明日から急にこのグラフが急上昇して指数関数的に死者が増加するなどと予想する専門家はオオカミ少年的な嘘をついているレベルではありませんか。

死生観が成熟していないが故に

インフルエンザよりも弱毒である新型コロナをこれだけ恐れる人がいるのは死生観の問題でもあります。

結局、夏場は熱中症で亡くなった人数の方が多かったという結果でした。

経済的な困窮が今後さらに自殺者数を押し上げる可能性も高い。

テレビや新聞で恐怖を煽られて、その情報を真に受ける方は目の前のことしか見えないのかもしれません。

恐怖が眼前に迫ってから逃げ出すのはライオンに襲われるシマウマでもできます。

死の恐怖が突如現れて、それに慌てて逃げまくるような対処をするのは人間以外の哺乳類のレベルです。

刹那的に生きている状態です。

おとなしく死を受け入れなさいといういう意味ではありません。

命あるものはいつか必ず死にます。

その運命がわかっているにも関わらず、このような弱毒の新型コロナに惑わされる姿を見せることは恥ずかしいことだと思っています。

アメリカ人もイギリス人も自分の国は自分で守るという気概が国民にあり、兵隊として働いている方も普通に存在しています。

女性兵士が訓練で機関銃をぶっ放していますから、日本人とは胆力が違います。

また、キリスト教という宗教が死生観を育んでいます。

日本人は新型コロナは弱毒であることを見抜いて堂々と通常通りに経済をまわし、他国より余裕ができた分、世界中に援助の手を差し伸べればよかったはずですが、見誤って無駄な緊急事態の延長と自粛で自らの首を絞めている状態です。

上から目線な発言に聞こえるかもしれず申し訳ないのですが、私はこの新型コロナ騒動をかなり冷めた目で見ています。

本の紹介

新型コロナ騒動により癌検診を受診する方が減っていることが将来のリスクになることを指摘

グローバリズムとグローバル化の違いを指摘するなど闇雲にグローバリズムに振り回される状況に疑問を投げかける

新型コロナ騒動をさらに考察〜2〜 PCR検査を拡大しても感染を抑えることはできない

いま熱があったらPCR検査、あるいは症状がなくても自主的にPCR検査を受ける方もいるようです。

しかしPCR検査とはいったい何を調べているものなのか、本当にPCR検査をみんなが受ければ安心を得られるのでしょうか。

マスコミによる一方的な情報は正しいのか考えてみます。

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コロナウイルスは1種類ではないがPCR検査でどのコロナが検出されているかまではわからない

PCR検査とは何を知るための検査なのか?というと特定の遺伝子のウイルスが検査の対象となる人の体内に存在するかを調べるものです。

しかし完璧に新型コロナの感染者を特定できる検査方法ではないようです。

コロナには旧型コロナ4種類とSARS MARSがあることが知られています、また新型コロナも武漢型から少し変化しています。

新型コロナウイルスを特定するには厳密に言えば、ウイルスを形成する3万個の遺伝子配列全てが一致しなければなりません。

しかしPCR検査では3万の遺伝子のうち200~300個の配列の一致しか確認できません。

それでもこの200~300個の配列が一致した場合は陽性という検査結果が出ます。

よって、陽性という結果が出たとしてもそれが旧型のコロナのものなのか武漢型なのか変化した新型コロナなのかはわかりません。

旧型の4種類のコロナは感染症の指定すらありません。

どのコロナなのかあいまいであるにも関わらず陽性であれば感染症2類相当の扱いをされて新型コロナ陽性者と認定されているというのが現実です。

PCR検査サイクル数40の場合はわずかな遺伝子の残骸も検出してしまう

また、サイクル数というものがありますが、この値によって検査結果に違いがあるということが知られています。

PCRというのは数少ない遺伝子を検出可能な数にまで増幅させてその存在を確認する方法ですが1サイクルで2コピーされる、2サイクルで4コピーされます。

では30サイクルではコピーはいくつかというと1,072,741,824コピーです。

約10億コピーです。

40サイクルだと1,099,511,627,776 約1兆コピーです。

新型コロナ専門家を問い質す より抜粋

しかしサイクル数があがるほど検出する確率が上がるからよいのではないか、ということではないようです。

アメリカではPCRの製造メーカーや検査機関が独自の基準を設けて37~40サイクルで検出しているがこのサイクル数だと感染後体内で退治されたあとのウイルスの残骸まで検出して陽性としてしまう可能性が指摘され、これは人が立ち去ったあとの部屋でその人の髪の毛を発見しているようなものだと言われています。

ニューヨークのワーズワース研究所ではニューヨ-クタイムズ誌から要請を受けて調べた結果、2020年7月に40サイクルで陽性とされた872人のうち35サイクルで43%が陰性、30サイクルで63%が陰性であったとのことです

日本でのPCR検査サイクル数の基準は40サイクルです。

この場合、無症状で30〜35サイクルであれば陰性の方も陽性と判定されて隔離となるケースがかなり出ている可能性があることがわかります。

本来、症状もなく感染させる可能性も低い人を隔離して社会的な活動を制限することには人権の視点から考えても問題があります。

カリフォルニア大学のウイルス学者ジュリエット・モリソン氏は合理的なサイクル数は30〜35サイクルだろうと述べています。

またフランス、マルセイユのメディテネラ感染症大学病院研究所の研究論文によれば34サイクル以上の患者からは感染性のあるウイルスは検出されなくなるとのこと。

死んだウイルスの残骸しか出なくなるということだと思われます。

逆に34サイクル以上の検査には意味があまりなく、そこまでやって検出されない場合は陰性と判断してよいのではないでしょうか。

PCR検査の精度

PCR検査の感度、実際にウイルスが体内に存在する人が陽性であるという結果となる確率は約70%程度と言われています。

30%はウイルスを保有していても通り抜けていくということです。

正直、私はこの検査、ザルだと思っています。

PCR推進して隔離を叫ぶ人達がこの事実をどうとらえているかわかりませんが、この確率で陽性者を隔離していったところでゼロコロナなど実現できるはずがありません。

例えば1m四方の板があったとしてその面積の30%の開口を作るとすると一辺は54cmの穴になります。

なぜこの検査でゼロコロナを実現できると思えるのかが不思議です。

PCR検査をして陰性が出れば社会生活も安心だと本気で思っているのでしょうか、検査したその次の瞬間に感染することもあり得るのに。

では、毎日検査するのでしょうか、安くなったと言っても検査1回3000円として30日間毎日検査したら9万円、偽物の安心のために毎月払う人がいるのでしょうか。

あまりにも馬鹿げた話だと常識の感覚のある人であればすぐに気づくはずです。

PCR検査で無症状の感染者も隔離してゼロコロナを目指そう!と言っているテレビのコメンテーターは狂っているなと思いながら見ています。

ユダヤ人を強制収容所に送り込んだナチスに近い感覚ではありませんか。

PCR検査数を増やしても感染者数を抑えることにはつながらない

PCR検査を増やしても感染者数を抑えられないのはあたりまえです。

あたりまえ過ぎて言う必要性があるのかわからないのですがPCRは検査方法であって治療法ではありません。

よって、検査を増やせば増やすほど陽性者の絶対数は増える減らせば減るという結果にしかなりません。

以前と比較して陽性者あるいは感染者が減っている傾向が見られるとしたら、それは検査のおかげではありません、隔離のおかげでもありません。

増える要因として考えられるのは冬になると空気が乾燥してウイルスが空気中に舞いやすくなることや喉が乾燥して粘膜の保護機能が低下するためウイルスが体内で増殖しやすくなるなどです。

感染者が減る要因はその逆の状態になるからです、つまり春、夏になれば陽性者、感染者は減ります。

ただそれだけです。

0.1μmのウイルスの侵入を人間が簡単にコントロールすることなどできないのです。

実際に検査数と感染者数のグラフを見ていきます。

検査数 日本
100万人あたり感染者数 日本

このグラフを見て私が読み取れるのは、検査数と感染者数は連動しているということです。

少なくとも検査数を増やせば感染を抑えられるという結果を読み取ることはできません。

これが現実です。

PCR検査は症状のある人の病名の確定と対処法の決定のために使うことに限定して無症状の人の検査は隔離のための検査であり混乱を大きくするだけで意味がないのでやめるべきです。

新型コロナとはどう共生していくか、それを考える必要があります。


本の紹介

コロナ論2 小林よしのり 著

マンガと思ってあなどってはいけません。マンガ部分以外のウイルスの専門家の宮沢孝幸准教授や医師の萬田緑平氏の対談もこの問題を考えるうえで参考になります。


感染症と文明 山本太郎 著

人類の生活が狩猟採集から農耕牧畜へと変化したために感染症と付き合う運命となったことなどが、菌やウイルスとの共生についての考察が書かれています。


新型コロナ騒動をさらに考察〜1 〜インフルエンザとの比較

だびたびこのブログで新型コロナ騒動について話をしていますが私自身はかなり冷めた目でこの騒ぎを見ています。

日本における新型コロナはパンデミックではなくマスコミなどに誘導されているインフォデミックだと私は考えています。

現実には女性や若者の自殺者数が増加しています。

飲食店をはじめとする店や会社の雇用縮小や倒産などで職を失う人が増えています。

特に甲子園球児しかり大学生しかり学習やイベントなどの機会を奪われている子供を含めた若い世代への影響が大きすぎます。

ほんとうに困っている人は誰なのか想像力を働かせる必要があります。

テレビで毎日恐怖を煽る司会者やコメンテーターやニュースキャスターが言っていることや新聞に書いてあることはすべて事実なのでしょうか?

この前代未聞の馬鹿騒ぎ、新型コロナ騒動を収束させるにはどうすればよいか考えたいと思います。

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過去のインフルエンザの状況との比較

以前のブログで紹介した資料を再度掲載します。

厚生労働省のHPより

厚生労働省のHPにインフルエンザの感染者数は毎年1000万人いると言われていること、年間死亡者数は約1万人と推計されていることが書いてあります。

次にこれも以前のブログに掲載した国立感染研究所の資料ですが再度掲載します。

2019の年末から2020年の14週目にかけての季節性インフルエンザによる死亡者数の数値です。

国立感染研究所のHPより

2019-2020にかけての冬の寒い時期に季節性のインフルエンザで週に400〜500人の死亡者が出ていたことがわかります。

インフルエンザの死亡者がガクッと減った後から新型コロナ騒動が激しくなっていくわけですが2019年末から2020年の14週目にかけてインフルエンザで7000人程度は亡くなっていたことがわかります。

新型コロナは2021年の1/21の数値で陽性者数が348,646人です。

初めて感染者が確認されたのが昨年の1/14だったので期間としては約1年とちょっとでの数値です。

対してインフルエンザは例年約1000万人の感染者なので新型コロナの陽性者は比較してみると、かなり少ないことがわかります。

さらに言えば、新型コロナの数値は陽性者であって感染者に加えて無症状の人も数字に含まれています。

インフルエンザは症状があって来院した人のリアルな数字なので新型コロナの陽性者という数字はかなり割増し感があります。

新型コロナの死亡者数については1/21まで4,829人です。

インフルエンザは例年10,000人の死亡者数なのでこちらもインフルエンザの方が多いという状況です。

また、新型コロナの死亡者のカウントについては死亡した後にPCR検査をして陽性であれば新型コロナでの死亡とカウントしているので極端な話をすると交通事故でも新型コロナが死因としてカウントされている可能性があります。

実際の死亡者数は4,829人より少ないであろうことがわかります。

この精査も騒動が終わってからかもしれませんが、いつか研究者がすると思います。

インフルエンザでは感染者1000万人、死亡者数10000人でも経済活動を止めることなく普通に生活していたのになぜ新型コロナではそれができないのでしょうか。

数字で比較する限りで判断すればここまで日本中で騒ぐ必要性はないはずです。

この新型コロナ騒動については、本来インフルエンザより弱毒であること以上の議論など不要だと私は考えていますが世間ではそんな雰囲気はなく、このような数字は確認せずに恐怖にかられている人の方がかなり多いというのが実感です。

ウイルス干渉によっインフルエンザ感染者がほとんど消えた

こんなに感染対策をしているのに感染者が増えている新型コロナはインフルエンザより怖いという話を聞きますが、これは間違いです。

インフルエンザが激減したのはウイルス干渉が主な原因と考えられます。

下に示すグラフは東京都感染情報センターによる2016/17シーズンから2020/21シーズンまでの4年間プラス2020から2021年直近のインフルエンザ報告数を重ねたものです。

東京都感染情報センターのHPより

まず見た瞬間に2019.36週〜のグラフが青線ですが例年よりも報告数が少ないことと2020.36週〜直近までが少ないどころかほとんど報告がない状況であることがわかります。

例年、11月から12月にかけて報告数が増加して年末の病院が休業に入る頃いったん報告数が減り年明けてから第4週目くらいにかけてインフルエンザの報告数はうなぎ登りで増えていくところが2019.36〜は2020年の第1週以降で報告数が例年の半分から1/3以下となっていることがわかります。

そして13週目頃、つまり3月末頃には収束しています。

次に新型コロナの感染者、死亡者の推移がわかるグラフを以下に示します。

日本の新型コロナ感染者数の推移 Our World in Dataより
日本の新型コロナ死亡者数の推移 Our World in Dataより

インフルエンザが収束に向かう3月の終わり頃から新型コロナは感染者数、死者数共に増えていることがわかります。

北里大学の中山哲夫教授などはウイルス干渉という1つのウイルス感染が流行すると他のウイルスの流行が抑えられるという現象があると言っています、ウイルスが宿主を奪い合うとのこと。

これらのグラフから言えることは、新型コロナ流行前の3密回避やマスク徹底などの感染症対策を始める前にインフルエンザの感染者は減っていたということです。

そして、インフルエンザ報告数の減少と入れ替わるように新型コロナの感染者数と死者数が増加したということです。

つまり、インフルエンザ感染者が減っているのは3密回避やマスクやステイホームの効果ではなくウイルス干渉による可能性が高いということです。

そもそも3密回避やマスクやステイホームやロックダウンの効果でインフルエンザが減少するのであれば新型コロナも減少するはずです。

なぜなら、これらの対策はウイルスの種類は関係なくタンパク質の鎖でできた微小な塵を3密回避やマスクで物理的にシャットアウトできると仮定しての対策ですから。

現実は3密回避やマスクやステイホームやロックダウンではこの0.1μmのタンパク質の塵から完全に逃げきることは不可能です。

下のグラフはロックダウンしなかったスウェーデンとロックダウンしたイギリス(United Kingdom)やアメリカ(United Stats)の100万人あたり感染者数のグラフです。

ロックダウンしてもしなくてもグラフは同じような動向を示しておりロックダウンの有効性が疑問視されます。

ロックダウンでは新型コロナの感染拡大は防げないことの証拠です。

これは自粛や3密回避やマスクで感染拡大は防げないこととも同義です。

また夏が来れば感染者は減少して冬が来れば増加するのでしょう、自粛やロックダウンや3密回避するしないに関係なく。

ついでにですが日本の感染者が欧米に比較して異様に少ないこともわかります、これは自粛やマスクのおかげではありません。

人種的な違いなど他の何かによる作用の可能性が高いです、ファクターXと言われているものです。

話を元に戻しますが、0.1μmのタンパク質の塵から逃れられなかった結果2020年の1月の時点ではインフルエンザと新型コロナ両方の感染が進行していたはずですが、最終的にはインフルエンザが減少して新型コロナが増加したという現象が起こっています。

日経メディカルの中山哲夫教授の記事に以下の記載があります。

「COVID-19患者3834人を対象としたメタアナリシスによると、他のウイルス感染症に重感染した患者はわずか3%のみであることが報告されています(L Lansbury,et al. JInfect.2020;81:266-75.)」ウイルス干渉はコロナとインフルエンザでもおこる

また、厚生労働省の取りまとめによると2020/8/31から2021/1/17までの20週間でインフルエンザの累積患者数はわずか729人で過去5年間の平均患者総数は51万人なので、その0.15%となっており激減していることがわかります。今季インフル患者、ようやく累計700人超え例年の0.2%以下

この結果からインフルエンザと新型コロナのウイルス干渉においては新型コロナが勝るということでほぼ間違いないでしょう。

自粛をがんばったからマスクをしっかりしたから3密回避したからインフルエンザが減ったなどという話は物理的にウイルスをシャットアウトできると盲信する意見であり、その場合、逆に新型コロナだけが増えていることの説明がつかないことになります。

毒性の弱い新型コロナが優勢であれば逆にインフルエンザより安心なのではないか

ここまでの話をまとめると

・新型コロナは感染者数、死者数とも季節性インフルエンザに届かない比較的弱毒のウイルスである

・インフルエンザが減少してるのは自粛や3密回避ではなくウイルス干渉が原因となっている可能性が非常に高い

・ウイルス干渉によってインフルエンザより新型コロナの方が優勢に働いて感染を拡大させている可能性が非常に高い

以上から言えることは、以前より毒性の弱いウイルスの感染が拡大する分にはより安全になったのではないか、ということです。

対策としてはインフルエンザの時と同様手洗いうがい、必要に応じてマスク着用、感染者が増えた教室の学級閉鎖、感染症5類扱いにしてクリニックでも診察可能にする、これで十分なはずです。

本の紹介


新型コロナ専門家を問い質す

小林よしのり 泉美木蘭 共著

グラフや表などの資料が豊富でカラー掲載されているのでとても見やすくわかりやすいです。これ1冊で脱コロナ脳できます。


感染症の世界史 石 弘之 著

様々な感染症について淡々とレポートしていくのですが意外と引き込まれます。感染症の一般的な知識についてはこれを読めば十分です。雑学好きな人にもおすすめです。


個人的には変化が多く成長を感じた一年だったが今年はよい一年だったとは言えないのが残念

いろいろあったなと思います。昨年末に2人目の娘が産まれて、さあこれからもうひと頑張りと思っていたのに建築士の試験の結果は不合格だし健康診断でおかしな結果が出たので再検査したら前立腺癌疑いという結果は出るし…。

結局、前立腺から細胞組織を取り出す検査までしましたが、癌細胞は見つかりませんでした。

なのですが癌マーカーの値は下がらないままなので癌疑いということで現在も月に1回くらいの頻度で通院していますよ….。

いま感じていることをいろいろ書いてみます。

朝イチの海 きれいです

そんなに寿命は長くないと思い、今すべきことの優先順位を考えた

癌疑いと言われた時に、ああ、もしかしたら転移していて数年の命かもな、というのは思いました。

その時に明確に試験勉強はすぐやめようと決めました、タイミング的にも40代半ばで難易度の高い資格への挑戦というのはかなり無理があると感じていました。

家族も増えて、そんなに時間に自由がきくわけでもなく仕事も決して暇でもなければ気を抜いてできるような内容のものでもない。

遅きに失する、そういうことだと思っています。

製図の試験で感じたのは、肉体的な衰えと思考する速さの衰え、そして記憶力の衰え、適応力の衰えです。

では、そんな衰えた自分がいまできることは何か。

まずはいまの仕事をしっかりやること、これまで自分が積み重ねたものをアウトプットしながら会社の利益に繋げること、売上のような実利のことだけではなく広い意味での利益をもたらしたいと思ったのと、休日などオフの時間は家族と過ごす時間を大事にすること。

海にも行きたいと思いました、試験勉強の間それこそ1年以上、大好きなサーフィンを我慢していたので。

残された時間がわずかだとしたら試験勉強の優先度はかなり低い、それが自分の出した答えでした。

仕事で新たな展開が見えてきた

詳しいことは書きませんが、仕事で新しい目標とちょっと面白い新たな展開が見えてきました。

会社からチャンスを与えられた、ということだと思っていて、数年後から5年後にはいいところまで持っていければ、と言うか必ず形にしなければならない、そう思っていま動き始めています。

まあ、5年後まで生きているのかよくわかりませんが、やれるところまでやってやろうかということです。

情熱を失っていないことが周囲にわかってもらえればチャンスは必ず巡ってきます、あるいは自分でチャンスを作り出すかです。

ブログは建築設備の技術的な内容を書くのは実はかなりしんどいけど

このブログ、当初は設備屋さんが書く雑記ブログという感じで始めましたが、ある時点からは建築設備の設計、計画、施工のかなり専門的なところまで踏み込んだ技術的な内容をメインで書くように変えました。

技術的な内容を書くとなると、ある程度正確さが求められるので書きながら教科書や施工マニュアルや、あるいはネットで確認作業をしながら書き進めなければならなかったり、説明のために必要になるイラストのような資料も作成しなければならないので、ちょっとこれ面倒くさい感じになってしまったと思っています。

ですが、書きながらこれまで学んできた知識が自分の中で整理されてさらに理解が深まっています。

たぶん、書いている自分が一番勉強になっています。

新型コロナ騒動はインフォデミックであり科学を無視した社会問題

あとは、この話題です、新型コロナ。

このブログを隅々まで読んでいる方はいないと思いますが、以前のブログを見てもわかる通り私自身はこの新型コロナ騒動というのはかなり冷めた目で見ています。

インフルエンザとの比較を冷静にすれば新型コロナの毒性の弱さは一目瞭然なのになぜここまで騒ぐのか、さっぱり意味がわかりません。

12/30で陽性者数3845人(東洋経済オンライン)ですがインフルエンザは例年感染者数1000万人ですから365日で割り算すると1日あたり2.7万人感染者が出ていました。

新型コロナは3845人の陽性者数です、これは感染者ではないです。

無症状の方もかなり含まれているはずです。

いつから陽性者=感染者になったのかも謎ですし、定義をはっきりさせていないまま数字が一人歩きしているように感じています。

インフルエンザのときの感染者数は症状が出て医者にかかった方の人数をひろっていますから現在の新型コロナ陽性者数3845人で増えてますと言われても、それはインフルエンザの時の1日2.7万人よりだいぶ少ないし、しかも陽性者数と感染者数がごっちゃになっているのもおかしい話で単純に比較すらできないはずです。

ウイルスに曝露した状態があります。これはウイルスにさらされた状態でまだ細胞内に侵入する前の状態でこの状態でも陽性反応はでます。

ウイルスの感染とはウイルスが細胞内に入り込んで増殖し始めたら感染と言います。

つまり、感染者数は陽性者数より少ないはずです。

また、インフルエンザは1日2.7万人の感染者がいたはずというのも平均値であって空気が乾燥して気温が低い冬場はもっと多かったはずですから感染者数もインフルエンザの時の1/10以下と予想されます。

ツッコミどころがあり過ぎるんです、この新型コロナ騒動は。

このような話がいっさいテレビで出てこないのがおかしいのです。

そして、この困難をみんなで頑張って乗り切ろう、みたいな話が出てきてもシラけるだけです…呆れて見ています。

ということで、Twitterでは新型コロナが弱毒などと書くと最悪、アカウントを消されることもある?ような言論封殺状態らしいのでこのブログもTwitterからは見れないことになるかもですね。

フォロワー数がかなり少ないので、そんなに影響ないと言えばないからよいのですが、問題は言論の自由が奪われているという部分です。

Googleもそういう傾向があるらしいので私の書いたコロナ関連文章は消されたりするのかな?

あと数分で年が変わってしまうのでこの辺にします。

読んでいただいた皆さんありがとうございました!来年もよろしくお願いいたします。

暑過ぎてマスクを外したいのだけど…

いろいろ書いてはいますが、私も出かける時にマスクはしています。していないと入店できない店もありますし世の中にはいろいろな考え方の人がいるので基本的にマスクはして出かけています。でもこんなに連日暑い中マスクを強要するこの雰囲気にはちょっとまいったなというのが本音です。

子供たちはプールで必死に遊んでいる

東京のGO TOキャンペーンは無くなりましたが子供が短い夏休み中なのでなにか思い出に残ることを、と思って山梨までぶどう狩りに行きました。ぶどう園の係員の方達はみんなマスクをしていました。ぶどう狩りのルールについても皮を入れる袋を1人1人別々で使用してくださいなど新型コロナ対応のルールも説明して、いろいろルールが増えてしまってすいませんと笑っていました。ぶどう狩りのあと屋外プールのある施設にも寄って子供と遊んできましたが、このプールでは子供たちがもう新型コロナなど気にせずに大はしゃぎしていました。まわりで見ている大人達もほとんどの人がマスクをしていません。感覚で1割の人がしているかどうか、という様子でした。本来、これが普通なんだろうなと思いました。帰り道の高速道路で夕立ちに打たれたあと虹がかかりました。「虹だよ」と妻が指差して6歳の娘に言うと「あ、綺麗!」と喜んでいました。

新型コロナ死者数の推移確認

東洋経済オンラインで最近の新型コロナによる死亡者数を確認すると8/13に10名、8/14に12名、8/15に3名となっており、やや増加という傾向に見えます。

8/16までの死者数累計1088名。これを多いととらえるか少ないととらえるかですが、インフルエンザとの比較で考えてみます。厚生労働省のページからも季節性のインフルエンザでの死亡者数は推計で約1万人です。感染者数については推定1000万人です。よってインフルエンザよりは少ないと言えます。

厚生労働省のHPより

また、アメリカでの死者数はここ数日は1日あたり1000人前後つまりこれまでの日本での死者数が1日で亡くなるような数で推移、アメリカの人口は日本の3倍程度なので日本で1日に300人が亡くなっている感じになっているということです。アメリカでの死亡者数の累計は8/16まで169481人、17万人に達するかというところです。

日本においてはインフルエンザよりもその影響は緩やかで、アメリカをはじめとした欧米諸国よりも圧倒的に死亡者数が少ないというのが現実です。

各国の死者数8/16まで Our World In Dataより

欺瞞に満ちた言葉

8/16までの状況を簡単に数字で確認しましたが、日本の現在のこの状況でマスクをここまで強要する必要性があるのか私にはわからないし、帰省の自粛を要請したりGO TOキャンペーンから東京を外さなければならないほどの事態ではないと私は思っています。データを示して簡単にですが理論を組立てながら話をしているのは、ただ悪のりして言っていると思われたくないからです。この騒ぎをひたすら茶化すこともできるかもしれませんが、それだけだとただ文句を言いたい人に見えてしまうかもしれないので。

オンライン帰省という言葉が嫌いです。欺瞞に満ちている言葉に感じるからです。妻と娘がLINEのビデオ通話で地元の母親と話をして楽しそうにしているのは日常の光景です。今年は帰省しないでオンライン帰省しましょうって、それは帰省とは言いませんからオンライン帰省ではなくてただのオンライン通話です。ただいつものようにビデオ通話をしているだけのことです。地元に帰って同じ空間で同じ時間と体験をリアルで共有できなければ意味がありません。それはオンラインではできません。やりとりできる情報量がスマホやパソコンの画面を介してでは少な過ぎます。ステイホームやニューノーマルという言葉も政治的な香りのする欺瞞に満ちた言葉だなと思っています。両方とも人の自由を縛るための言い訳に上手いこと使われている言葉に見えます。

この騒動によって子供たちの教育の機会や楽しい思い出を作る機会、貴重な体験をする機会が奪われていることについて新型コロナ怖いと叫ぶ人たちはどう考えているのか不思議になります。甲子園の中止に至っては、もし自分が甲子園出場を目指している高校球児だったら一生この社会と大人達に対して怨念を持ち続ける可能性すらあります。

2019年の交通事故死者数は3215人でした。でも車に乗るなという人や道路を歩くなと言う人はいません。なぜ新型コロナだけこんなに騒いでいるのかまったく私には理解できないのですが…。ワクチンがないから、は理由になりません、インフルエンザはワクチンがあっても関連死込みで年間10000人直接死で3000人です。これから新型コロナによる死者数がガンガン増えるのかというと、それもあやしい。かなり弱毒化している可能性があって何万人も死ぬようなピークがこれから日本にやって来るとは思えません。日本のピークはグラフを見る限りでは感染のピークは4/10の陽性者数708名のあたりです。その後1ヶ月ほど遅れて5/8に死者数49名のピークがあります。それ以降はグラフの形を見る限りではピークアウトしています。私は専門家ではないのでこの認識が正しいのかわかりませんが、素直にグラフを読み解くと、そう解釈できるのではないかと思います。

いま、感染症に関する本などを時間が許す限りで読んで勉強しています。仕事もあるのでそんなに読み進まないのですが。この新型コロナ騒動についてはもう少しいろいろ書きたいと思っています。

リテラシーについて

リテラシーというと最近はネットリテラシーのことを言っていることが多いですが、自分の体験と紐づけてリテラシーとは何なのか考えてみます。

距離感がメチャクチャな地図

仕事の都合で役所に相談や打合せに行くことがたまにあります。給水の受水槽の容量などについて見解を確認するための打合せでした。千葉県内のとある市役所に行ったところ水道事業所というのがそこから離れた場所にあるとのこと。窓口のおばちゃんが地図を差し出してくれたのですがその地図を見た感じ、そんなに遠くないな、目的地まで5分くらい?という印象だったので「わかりました歩いて行きます、ありがとうございます」と言って去ろうとしたところ「歩いて行くとちょっと遠いかもしれませんよ…」と言うので「距離的にどれくらいですか?」と聞きました。しかし明確な答えは返ってきません。「あの…車とかで来られたのですか?」「いいえ、歩きです。」

で、結局はっきりした回答がないのでスマホでGoogleマップをチラ見して、なんとなく歩けそうな感じだったので「大丈夫です、たぶん歩けるので」と言い残して市役所を出て歩き始めました。

オチはだいたいわかると思いますが、歩き始めて少しして、この地図スケール感おかしくね?と気付きました。歩き始めてから5分はすでに経過して、でもGoogleマップを見た感じ行けそうな気がしたのでとりあえず歩を進めたわけです。そして交差点で左に曲がって信号機を目印にして歩いていたのですが、交差点の次の信号機の次、3つ目の信号機が無いな?と思って遠くに目をやったら霞んで見える信号機を発見しました。信号機を二度見してからスマホでGoogleマップをもう一度確認してみたところ3つ目の信号機まで600m程度あることがわかりました。そして信号機が赤なのを見て600m先の信号機って意外と肉眼で確認できるんだ…と感慨にふけると同時に、これは市役所から目的地まで全部で2kmくらいあるな…とそこでやっとわかりました。炎天下の中ほとんど日影のない歩道を25分くらいでしょうか、歩いてやっと水道事業所に到着しましたが、熱中症になりそうな勢いの暑さでした。スポーツドリンクを買ってしのぎましたが。

地図を読み取るためのリテラシーがなかった…

リテラシーという言葉についてですがその意味を調べると

“「なんらかの分野で用いられている記述体系を理解し、整理し、活用する能力」を呼ぶようにもなっている(例:「会計リテラシー」など)。そしてまた、「書かれた(印刷された)言語に限らず、様々な言語、コミュニケーションの媒体(例えば、ボディランゲージ画像映像 等まで含む)を適切に読み取り、適切に分析し、適切にその媒体で記述・表現できること」などを指すようになってきている。”

Wikipediaより

つまり私には役所でもらった地図を正確に読み解くだけの「リテラシー」がなかったという言い方をすることができます。Googleマップを見ても最初はそんなに遠くないでしょう、という思い込みがあるためチラ見しかしなかったことが敗因です。歩き出す前に、もっとよくGoogleマップと役所からもらった地図を比較して見るべきだったのです。そうすれば信号機間が600mあること、水道事業所まで2km以上あることは歩き出す前にわかったはずです。タクシーを呼ぶこともできたでしょうし、歩くとしてもそれなりの覚悟を持って行けたかもしれない、少なくとも無駄に騙されたような気分になることはなかったはずです。地図を見て何か変だなと思わなければいけなかったのですが、そんなに遠くないはずという思い込みで間違った読み込みをしたということです。

ただ、ひとつだけ言っておきたいのは2個目と3個目の信号機まで600m程度あったのに対して3個目と4個目の信号機の間は200m程度。これを同じスパンで描いてある地図もおかしいと思う…なんと言うか、だまし絵みたいになっちゃってますから。もっと言うとあたえられた情報の質が著しく低かったと言えます。言い過ぎかな…。

情報と正しく向き合いたい

ネットはいろいろな情報がすぐ検索できるのは良いのですが、自分が信じたい、そう思いたい情報を集めてしまいがちです。広範囲にわたっていろいろ調べているつもりが自分が興味のある対象の狭い範囲をグルグルしているだけになっている場合もあります。あとは関連記事に目がいって脱線したまま最初の目的を忘れて時間だけを浪費することもけっこうあります。新聞や雑誌は全部は読みませんが、興味のある記事の隣に書いてある記事をついつい読んでしまったところ、意外とためになる内容だったりネットとは違う情報の触れ方ができます。新聞の場合は脱線したまま止めどなく関連記事を追いかけるようなことにはならないのが良いのかもしれません。ネットと新聞、どちらが良いというのはないですが向き合い方を考える必要性はありそうです。

「この情報が正しい」などと思い込まず、そして自分が取ってきやすい媒体からの情報だけにとらわれず、与えられた情報を正しく疑いながら向き合って、何か変だなと思ったらとことん調べて考えてみる。そうすれば情報そのものに惑わされることはかなり少なくなるはずです。与えられた情報を鵜呑みにした場合の失敗例として地図の読み取りの失敗をあげてみました。

でも、とことん調べるとかめんどくさいし疲れるよねー。

またとりとめのない文章になりましたが、とりあえず今回はこの辺でおしまいにします。

感染症と人類の関係〜その2〜

感染症と人類はどう付き合うべきなのか?この世の中からウィルスや細菌を完全になくすことができるとは思えません。

これまでの歴史上で人類が根絶できたのは天然痘だけです。

インフルエンザウィルスは根絶どころか進化が早いのでワクチンも毎年新しい型を準備して対応しています。

私たちはどのように感染症と対峙すべきなのか考えてみます。

開発と感染症拡大の関係について

感染症を考える論点として大事だと思うこととして、人間の開発行為との関係性があげられます。

森林を伐採して農地として開発していく過程で感染症が流行するということが繰り返されてきました。

ペストが14世紀にも大流行しましたが、この時の原因の一つとして考えられているのが農地開発のための開墾による森林伐採の影響です。

これによってネズミの天敵のワシやタカやキツネ、オオカミが急減しネズミの大発生を促したと考えられます。

また、都市部に生活者が集まるようになったが衛生環境が整備されていない時代だったので肉の解体屑や排泄物などが周囲に捨てられてネズミの格好の餌になっていました。

感染症の流行についてはブッシュミートと言われる食料にする野生動物が原因になっていることが多いとみられています。

それまで手をつけていなかった森林の伐採により奥深くにひっそり暮らしていた野生動物と人間が出会うことになります。

未知のウィルスの宿主となている野生動物を人間が食べた時にそのウィルスが人間にとって生命に危険を及ぼすほどの毒性を持っていた場合は第一号の感染者になってしまうということです。

エボラウィルスの自然宿主はオオコウモリではないかと言われていますし、ペストの自然宿主は齧歯類のマーモットと言われています。

アフリカ中南米で活動する科学者団体のエコヘルス連盟のジョナサン・エプスティン副会長は「新興感染症の75%は動物に起源があり森林破壊によって本来の生息地を追われた動物たちが人里に押し出されて病原体を拡散させるようになった」と警告しています。

農耕の開始から感染症との悩ましい共存も始まった

人類の歴史の初期から感染症は存在しておりマラリアは初期人類の間ですでに存在していた可能性が高く悪性マラリアを起こす原虫は500~700万年前にチンパンジーとヒトの祖先の間で分化した可能性が高いそうです。

しかし狩猟採集生活をしていたころの人類は感染症に悩まされてされていたかというと、意外とそうではありませんでした。

先史時代の人類における感染症は炭疽症とボツリヌス症がありますが両方ともヒトからヒトへの感染はなく獣肉食などによっておこります。

人類の感染症において転換点となったのは農耕の開始、定住、野生動物の家畜化でした。農耕によりそれまでより狭い面積に人口が多く集中するようになり、かつウィルスを持つ野生動物を家畜として飼育する環境が人類に多くの感染症をもたらす原因となりました。

天然痘は牛から、インフルエンザは鶏から人間にもたらされたウィルスが原因の感染症です。

さらに四大文明が現れて人口は増えていきましたが感染症のレパートリーも繁栄と共に増えて定着していきました。

それでも人類は繁栄を重ねて現代に至ったわけで人類全体というスケールで考えれば農耕生活から都市生活への移行によるメリットは感染症によるデメリットよりも大きかったということになります。

グローバル化が高度に進んだ現代、新しい感染症は一瞬にして世界全体に拡大します。

そう遠くない未来にペストのような強毒性で感染力の高い感染症が現れる可能性はあります。

これらの感染症にどのように対応していったらよいのか、パンドラの箱を開けてしまった人類は今後も苦慮し続けなければならないということです、私自身も苦悩する一人ということになりますが。

腹を決めて許容できる範囲で共存する

新型コロナの報道などを見ていて思うのは、検査を徹底して感染者を完全に隔離しようとする人は簡単に新型コロナウィルスを根絶できると思っているのか、ということ。

不思議に思いながら見ています。

例えば、インフルエンザの予防で毎年新しいワクチンを接種しなければならないのはインフルエンザが毎年変化していくからです。

簡単に根絶ができるのであればこのような対応にはなりません。

現在、人類はインフルエンザを根絶する術を持たないため付き合っている状態ということだと理解しています。

風邪の症状の原因となる4つのコロナウィルスも根絶はできていません。

よく、本当に風邪を治す薬ができたら大発明だという話を聞きますが、人体に対してそれほど毒性が強くない4つのコロナウィルスに対してさえ根本的な効果のある薬がないということです。

まあ、4つのコロナについては毒性が弱いからそんな薬を開発する必要性すらないのが本当のところだと思いますが。

人類の文明の進化と感染症は深い関わりがあり農耕が始まってから以降、感染症から逃れられない運命である限り、腹を決めてある程度の毒性の感染症とは共生をしていくしかないです。

というかこれまでそうしてきたし、これからもそうなんでしょう。

イヤイヤ、俺はウィルスやバイ菌と共生なんてイヤーっと言っても、もう遅い。今にでも誰にでもウィルスや菌が襲いかかる可能性はあります。

日本の新型コロナ騒動は科学や医学を無視した社会問題

新型コロナ根絶したいと言っても今すぐに、PCR検査と隔離で、は無理があります。

これを本気でやったらずっと、今日の感染者は〇〇人です!ひーっ怖いわーっ、て毎日繰り返すのでしょうから…そして、このやり方では経済活動も停滞したままになります。

検査を増やして陽性者を数えていったらそれはどんどん数字は大きくなるでしょうから。

このような弱い毒性と推測される新型コロナのためにまた緊急事態宣言を出すようなことをしても意味はないです。

これがペストなどであればまた違う対応になるのでしょうけど新型コロナは今の日本においては風邪のレベルです。

少なくとも毎年流行しているインフルエンザよりは毒性が弱いと言えます。

無症状や軽い症状の方を入院させるから医療関係者が疲弊しているのであって、本来は新型コロナは指定感染症の分類から外してクリニックなどでも普通に診察できるようにするべきです。

老いも若きも風邪と変わらない新型コロナにこれだけビビっているのは日本人が持っている死生観の問題でもあります。

ご飯を自分で食べられなくなったりしたら諸外国では延命処置はしないで自然に死を待ちます。

ロックダウン政策をとらなかったスウェーデンでは無駄な延命処置は虐待と考えられています。

いろいろ書きましたが、本当はかなりの数の日本人がこの日本の新型コロナ騒動はもう科学や医学の問題ではなくて社会的な問題だと気付いていると思っています。

会社で同部署の20代の女性が「コロナはもう別に怖くないんだけど風邪を普通にひけないのが怖い、ひいたら周りから何を言われるのかわからない」と言っていました、この言葉は印象に残りました。

もう今のこの状況は異常としか言いようがありません。

この空気感を変えたいと思って最近、新型コロナネタばかり書いてしまいますが、まあ、このブログでどうこう言っても効果がほぼないかな…新型コロナより弱いな。どうしてよいのかわかりません!

感染症と人類の関係〜その1〜

感染症と人類はどう付き合うべきなのか?まずは、これまでの歴史上で人類に厄災をもたらした感染症はどのような性質を持っていて、どれ程の被害を与えてきたかを調べていきます。

風邪と呼ばれるコロナウィルスは4種類存在する

コロナウィルスという名前は今回の新型コロナ騒動の前から聞いたことはあったのですが、あらためて調べてみました。https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/9303-coronavirus.html

最近、日本感染症研究所のページをすぐ頼る癖がついてしまいました。風邪と呼ばれている症状が出るのは4種類のコロナウィルスです。そして2002年に中国から発生したSARS-CoVと2012年に中東から発生したMERS-CoV、この2つは一時期かなり騒がれていました、病気の伝搬を抑えるために第2類感染症に分類されています。ちなみに風邪症状の原因となる4つのコロナウィルスについては感染症としての分類はされていません。伝搬を抑える必要性がないほど毒性が弱いということでしょう。

2類に分類されているSARSについては2002年11月に広東省深圳で最初の感染者が出てから2003年9月に収束するまでWHOによると、トロント(カナダ)シンガポール、ハノイ、香港、台湾など30カ国で8098人の感染者、774人の死亡者が確認されました。この数字をもとにすると致死率は9.6%となります。こちらも2類のMERSについてですが2012年暮れから2013年5月にかけてサウジアラビア、カタール、チュニジアなどの中東で発生しました。イギリスとフランスでも中東から帰国した人に接触した男性が感染しました。WHOによると2014年10月までに21カ国で855人の感染者が確認され死亡者は333人、致死率は38.9%となりました。いずれも現在は収束していますが、ただ眠っているだけなのか、またどこかで発生するかどうかは誰にもわかりません。

1類に分類される感染症の危険度

1類に分類される感染症はエボラ出血熱、ペスト、マールブルグ病、ラッサ熱などがあります。当然2類よりも危険な感染症がここに分類されているわけですがその危険度はどれほどなのかエボラ出血熱とペストについて取り上げます。

エボラ出血熱は1976年に初めての感染者が確認されています。東アフリカのスーダンで倉庫番として働いていた男性が39℃の発熱を訴えた後に全身から出血して死亡しています。市場で買ったコウモリの肉を食べたことが原因ではないかとみられています。続いてその家族や同僚も発症し感染は拡大、3ヶ月で284人が発病して151人が死亡しています。致死率は53%になり人々は震え上がりました。その後エボラ川を挟んだ反対側のコンゴ共和国に飛び火し最終的に318人が発病して280人が亡くなりました。致死率は88%に達し、この感染症がかなり強い毒性を持っていることが明らかになりました。

その後エボラ出血熱の集団感染は何度か繰り返されます。そして2014年に感染爆発が起こります。3月25日、アフリカ西部に位置するギニア南東部の4カ所で発生したという報告がWHOに入りました。それから1ヶ月後には感染者242人死亡者142人となっていました。感染源はその4ヶ月前に死亡した2歳の男の子でその姉と母親と祖母も高熱と激しい下痢や出血で亡くなっています。祖母の葬儀には多くの人が駆けつけて遺体を清めて最後のお別れをしたそうですがそこから感染は一気に拡大していきました。エボラウィルスは感染者の血液や排泄物を介して感染していくので遺体に触れることはとても感染のリスクが高い行為と言えます。2015年4月19日時点でギニア、隣国のリベリア、シオラレオネ、ナイジェリア、マリの総計で感染者27079人、死亡者10823人で死亡率40%に達しましたが5月には各国でエボラ終結宣言が出されました。

直近では2018年8月にコンゴ民主共和国のキブ地域においてアウトブレイクが発生。これはついこの間2020年6月25日ににイトゥリ州、北キブ州、南キブ州で人から人への感染は終了したという宣言が出されました。この間に3470例のエボラウィルス病の症例が報告がされ2287例が死亡しました。致死率は66%にのぼります。

やはり最もヤバい感染症ペスト

次にペストですが、こちらはさらに強烈です。ローマではマルクス・アウレリウス帝の時代、西暦120〜180年頃にペストの流行で300万人以上が死亡しその後も流行が続きました。543年、西ローマ帝国のユスティニアヌス帝の時代に、また流行が発生しました。ビザンチンの歴史家プロコピウスの「戦史」にはその惨状が克明に記録されています。首都コンスタンティノープルでは毎日5000人の死者が出て市の人口の4割が失われたといいます。

中国では1331年の元王朝時代に流行が始まり1334年には河北省で人口の9割に相当する推定500万人の死者が出ました。ペスト菌はシルクロードの要衝である天山山脈のキルギス北西部のイシククル湖周辺に定着していたらしいです。このイシククル湖を通過する隊商や軍隊を通じてパレスチナ、シリアなどの中東さらにチュニスなど北アフリカに広がり、1348年にはヨーロッパ全域まで感染は広がりました。アメリカのウィリアム・アンド・メリー大学のフィリップ・デイリーダーによると、欧州の人口の3から4割に相当する2500万人から3000万人が死亡し、世界の総死者は7500万人から2億人と推定されています。とくにフランス南部からスペインにかけては8割の人口が失われました。

その後も断続的に流行は発生し第2波は1663年にオランダ1665年にロンドンで流行し市民の1/4が死亡しました。1666年にロンドンは住宅の85%を失う大火にみまわれ、その後の建築物はレンガや石造が義務付けられました。その結果ネズミの生息場所が減少してペストも収束に向かっていきました。しかし1720年にフランスのマルセイユで流行が発生し10万人が死亡しています。第3波は1894年雲南省で始まり香港に飛び火、そこから海上ルートで太平洋一帯に感染が拡大しました。日本に侵入したのは1899年神戸港に入港した台湾船から広がり27年間に流行を繰り返し2906人が発病し2215人が死亡しています。

ペストの一般的な病型は腺ペストと呼ばれていて全身の倦怠感と高熱の後、腋下や鼠頸部のリンパ腺の腫脹がおこります。ペスト菌による毒素で敗血症をおこし全身に紫斑が現れます。これが黒死病とも言われる所以です。抗生物質がない時代、発症した者のうち死亡する者の数は50%を超えました。もうひとつの病型は肺ペストと呼ばれリンパ腺の腫脹や紫斑は出ないが血痰や喀血の症状が出て飛沫感染します。なにも治療を施さない場合での致死率はほぼ100%です。

そして日本における新型コロナは…

東洋経済ONLINEを確認します。7/30日の数値をみていきます。日本全国で新規死亡者数2名…累計1005名。新規重症者数マイナス3名…回復した方が多かったということですね、累計87名。エボラやペストとの落差が激しくて肩透かしをくったような気持ちになります。で、陽性者数は1日で1297名で増えているとのことですが検査数を増やせばそれは増えるでしょうとしか言えません。私には恐怖を煽るために日を追うごとに数値を増やしているように見えていますが、皆さんはどう思うでしょうか。あくまで観測値としてある程度の正確さがあって、かつ重要なのは死者数及び重症者数だと私は考えています。陽性者数や感染者数というのは無症状の方がかなりいる限り正確につかむことはできません。なぜなら無症状の方は通常は検査すら受けませんから陽性者としても感染者としても数字として表に出てくることはないからです。また、陽性者と言っても曝露しているだけでウィルスが細胞内に侵入していない状態であれば感染しているとは言えないという考え方もあるようなので陽性者がすなわち感染者のような扱いも考え直さなければいけないかもしれません。

もっと言ってしまうと、陽性者数あるいは感染者数が増えたとしても無症状や鼻風邪程度の軽い症状であればいくら増えてもかまわないはずです。その場合は先ほど述べた風邪の症状の原因となる、感染症に分類されてもいない4種類のコロナと同じです。毒性が弱いのであれば感染した結果、抗体を持つ人が多くなった方が良いと考えることもできます。ウィズエボラやウィズペストはちょっとできませんが、ウィズコロナはできるのではないでしょうか。

まだ話したいことがありますが、長くなってしまったので次回、同テーマでもう少しお付き合いいただければと…思っております!

新型コロナを再考察

ここ最近、感染者数が増えているという報道をよく耳にします。では、死者数や重傷者数はどのように推移しているのか?自粛を強化した場合、これ以上経済への影響が大きくなることについて問題はないのか?

なんのためのPCR検査なのか

感染者数という数字を取り上げて何かの行動の基準にすることに意味があるのか考え込んでしまいます。感染者と言っても無症状の人も多く存在しています。ということは普通に過ごしている人でも感染している可能性があるということですから、たまたまPCR検査することになって陽性だった人数を見て一喜一憂する意味があるのかわかりません。結局、感染者数について正確に把握することは困難だろうと私は考えています。また、検査が増えれば見かけ上は感染者数が増えたようになるのは当たり前の気もしますから過去の感染者数と現在の感染者数を同列に並べて騒ぎたてることにも違和感が拭えません。

本来は症状が出た人の病気の原因を調べるためのPCR検査のはずです。検査というのは通常は病気の原因を特定する目的で行われるものですが、現在行われているPCR検査はクラスター発生の疑いがある新宿の夜の町の若者に対しても実施して陽性なら無症状でも隔離しろ、となるのですからこれは病気の原因の特定が目的ではなく感染者のあぶり出しが目的になっています。こんなことをしていったい何の意味があるのか、ただ人の自由を奪いたいのか、差別したいのか、その動機について考えれば考えるほどよくわからなくなってきます。陽性であっても無症状であれば患者ではないですから治療もなにもない、なにもできないし、しないのですから検査の意味って何?という話なのです。症状が出ている方に対してその原因の特定をして治療を施すためという目的以外でのPCR検査はすべきではないはずです。

もしPCR検査で完璧に感染者をあぶり出したければ、まずやらなければならないことは全国民一斉に同時検査です。全国民に検査キットかなにか配布してこの日のこの時間に「いっせーのーせっ」で唾液を採取する、そしてすぐに検査機関に検体を提出、すでにこれが現実的に不可能です。このような検査を全国民が同時にできるわけがないです、実施するとしてもお金がいくらかかるのか。それに検査結果が出るまでに数日はかかるようですがその間に感染する可能性もある、陽性という結果についても検査の確度は70%程度とのこと。一斉検査が実現したとしてもさらにこれらの問題がある限り感染者を完璧にあぶり出して隔離するなんて到底無理な話だと、普通に考えればわかるはずです。

さらに馬鹿らしいのがPCR検査をして陰性という結果が出たところでそれが感染していないことの証明にはならないということです。千葉県の佐倉病院の先生のコメントがとても参考になります。https://www.lab.toho-u.ac.jp/med/sakura/respiratology/patient/covid-19kensa.html

だとしたら、なぜ必死に国民全てのPCR検査実施を叫んでいる人がいるのか意味がわからないのです。

無症状や軽症の人まで入院の措置をとっていたら病床数が足りなくなるのは当たり前です。癌患者など本当に治療が必要な方のためにベッドを使うべきで無症状や軽症の陽性者など入院させても病院側からしても、入院させられる本人にもなんのメリットもありません。

ここ最近死者数は1日に数人いるかどうかだが…

では、ここ最近の死亡者数を見てまみます。 

東洋経済ONLINEより

東洋経済ONLINEのグラフを参考にします。7月に入ってからは1日に数名の死亡者がいるかいないかという状況です、これは全国の統計です。7/10から7/13までと7/16から7/19までについては死亡者数0です。7月に入ってから22日までの死者数は16名です。これを見て私なんかは、いや、これもうただの風邪でしょ…と思っていますが皆さんはどう思うでしょうか。ちなみに死亡者数のピークは5/8の49名です、そして7/22までの累計で989人です。死亡者数の値は人口比で考えてアメリカは日本の50倍というレベルです。よって、あくまで「日本においては」ただの風邪ではないかという話です。

インフルエンザとの比較もしておきます。日本の東京や大阪含む21都市におけるインフルエンザによる死亡者数は2019年の12月から2020年の2月まで毎週400人を超えていました。3月もほとんどの週で400人程度の死亡者数です。これは新型コロナの騒ぎと並行して起きていたことですが、こちらはスルーされて報道はほとんどされていないのではないでしょうか。

国立感染症研究所のHPより

例年インフルエンザによる関連死亡者数10000人程度、直接的には3000人程度の死亡者数がありながら経済活動は止めず普通に暮らしてきたのですから、なぜ現在1000人程度の死亡者数の新型コロナでここまでの自粛が必要なのか疑問に思っています。ワクチンがないから怖いのだという意見はおかしいです。なぜならインフルエンザはワクチンがあっても新型コロナより死亡者数は多いのですから。

経済活動も命を育む大事なものであるということ、もっと人生を楽しむべき

今回なぜこのような文章を書いたか、その理由は甲子園もできない、遠足も行けない、運動会も中止、連休なのに東京の人間は地方に来るな、マスクしてなければ警察みたいなオバさんににらまれる、経済活動は停滞してこれから長くて深刻な不況が続く…子供たちや若い人たちがかわいそうでしょ!いや若くなくても人生をもっと楽しみたい人に対して酷い仕打ちでしょ!とかなりの憤りを感じているからです。

甲子園はできたのでは?遠足だって運動会だって中止する必要なんてないのでは?東京の人は地方に来るなというのはただの差別でしょ、マスクすることを人に強制するのもどうかしてる、非常事態宣言なんて日本で出す必要性はあったのか、少なくとも5/6以降の非常事態の延期は必要なかったのではないか?経済をここまで壊さなくてもよかったのではないか?経済活動と人の命を天秤にかけるような議論を見かけますが経済活動も人の命を育むものであり経済活動を重視するのがダメだという意見は間違っています。

数字を見る限り、この新型コロナは感染力も弱く毒性も弱いということになるのではないでしょうか。今現在問題なのはむしろ、人間の、というか日本人の気持ちの部分だと私は思っています。同調圧力というものがこれほどまでに強く働いて継続してしまうとは…。どうすればいいものか1人で悩んでもしょうがないと言えばしょうがないのですが。