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建築現場にどこまでAIが入り込めるのか?素人なりに考えてみる

建築設備の仕事をしていますが建築現場の仕事にどれくらいAIが入り込んで来ることができるのかよくわからない…。これからの時代AIが人間の仕事を奪うというのはわかるけど、いつまでに、どうなるのかいろいろ本を読みながらAIに関しては素人ながら考えてみました。

AIは建築図や設備図を読み取って見積ができるか?

昨今よく話題になるAI、現在の技術では人間と同じように考えて行動できるようなレベルのAIは実現できていません。しかし、AIには得意分野はあります。その得意分野においては人間の能力をしのぐ効果を発揮しています。

ディープラーニングの登場によって最近はAIによる画像処理技術(パターン認識)はかなりの進化を遂げました。と言っても人間とまったく同じように画像を認識できるわけではありません。でも、ある写真の中に存在する椅子やテーブルや猫や犬など特定の画像を探し出して認識するのは得意です。CTやMRIの画像をスキャンして疾患があるかどうかを判断するという作業は日々サンプル画像を得ることが可能で膨大なデータが蓄積されているためディープラーニングに向いておりAIは自律的に学習して仕事の精度を上げていくことができます。画像診断の仕事はAIが担う一歩手前まで来ているようです。ただしAIはなぜその画像を疾患があると判断したのか、その理由を説明することはできません。画像を何か「意味」があるものとして認識するということはないからです。なので医療の現場においてはあくまで補助的にAIに診断の手伝いをしてもらうという形をとり診断の最終判断は人間がして責任については人間が持つということになると思われます。

ここまでの話を参考に考えますが、では、ディープラーニングをすることによってAIが建築図や設備図を読み取れるようになるかどうか。建築図や設備図を何万枚とAIに読み取らせてもその図面全体の「意味」を読み取ることは現在のAIにはできません。でも、見積に必要な拾いであればかなりできるかもしれません。実際にCADで描いた図面はデータの入力をきっちりしながら描けば壁の面積や配管長さなどデータとしてすぐに出せます、これはAIと呼べるものとは違いますが。

ちなみに入札図面はCAD データではもらえません、なぜなら入札時点で図面データをいじられたくないからです。勝手に変更された図面が受注業者が決定する前の段階で出回ることはあってはならないので防衛手段としてデータを渡すということはされていません。なので、どうしても紙の図面あるいはPDFなどいじれないデータで拾いをすることになります。

よって、見積依頼でもらった図面をスキャンしたら配管長さや器具の個数などある程度拾って自動で見積してくれるAIがあったらいいなということになります。実際にある程度壁や床の面積を拾ってくれるソフトは今もあります。でも、これはAIではなく人間がかなり手をくだして成り立つというレベルのもので、そこまで劇的な作業効率のアップは感じません。

図面にはけっこう曖昧な表現があります。また、印刷がかすれていただけでも図面を読み取れないという事態が発生しそうです。AIが読み取れるように人間が図面を描き直すとしたら、それは効率が逆にダウンしていることになります。あとは図面上のこのシンボルが何なのかなど部分的にわかったとしても全体の意味がわからないとしたら結局、人間がこの図面は建築の平面図だよ、設備の給水設備図だよ、みたいなインプットからいちいちすることになるかもしれない。それなら最初から人間がやるのと変わらないじゃん、という話になりかねない。AIが人間と同レベルで図面の意味を理解して見積まですることは現在は難しそうです。

墨出し作業ができるロボットはすでに存在する

現場で墨出しという作業があります。これは例えば1/100スケールで描かれた図面があるとして、それを実寸で現場の床や壁などに描いていく作業になります、工程の初期段階においてかなり重要な作業になります。もう1年以上前ですが2019年の4月17日に竹中工務店から墨出しロボット実用化のめどがついたという情報がリリースされました。https://www.takenaka.co.jp/news/2019/04/03/index.html

OAフロアの墨出しができるとのことで、OAフロアの支持材の位置を現場の床にプロットしていくという作業ができる、というところまではできるようです。

では、店舗の内装のような複雑な間取りの墨出しをロボット単独でできるようになるのかどうかということです。OAフロアは決まった形のものを敷き詰めるイメージですから墨出しとしては比較的単純な作業になります。でも、店舗の内装はかなり複雑です。アールのついた壁がデザインされていることもある、図面で描かれた内容に従って部屋の大きさを確保しようと思っても躯体の歪みがあって微妙な調整が必要になったりします。お客様の要望をかなえるためにはどう墨を出すのがベストなのか悩む現場監督を何度も見てきました。AI技術を駆使してこれらの仕事はできないのか、と思いますが墨出しロボットがお客様の要望まで考慮しながら墨出しをすることはありません。そのような意思をAIは持っていませんし、それをインプットすることは現在の技術では不可能です。できたとしても遠い未来の話になります。そもそもAI自体が意志を持つことはありません。あくまでAIは人間が作り出した道具であってそれ以上でもそれ以下でもありません。

それでも単純な作業はできるところまで来ているとしたら、基準となる墨をザックリ出してもらうという補助的な仕事まではしてもらって複雑な部分や微妙な調整が必要になる部分は人間が行うという使い方をしていけば良いのかもしれません。うまく仕事の棲み分けをしていけば効率は上がる可能性がかなりある、だからスーパーゼネコンも開発に力を注いでいるのだと思います。

建築現場の作業は見た目よりかなり複雑だAIはこなせるのか?

セキスイハイムが住宅のユニット工法の組み立て作業においてにロボットを取り入れています。全ての作業をロボットでできるようになったわけではないようですが効率は上がった、そこにかけていた時間を付加価値の高い作業に振り替えることができるようになったとのこと。また、三和シャッターは壁などに使用するALC(軽量気泡コンクリート)にかわる施工支援ロボットで施工可能な耐火間仕切用耐火パネルを売り出している。これらは年々、現場作業従事者が減っていく中で人材不足を補うための解決策として開発されています。私など状況をただ手をこまねいて見ているだけの人間からは素晴らしいアイデアだと感心してしまいます。

一方、AIというものが現場に取り入れられているのかどうか、です。それができている状態とはAIを頭部に装備したヒューマノイドが人間や図面の指示に従って自立して複雑な現場作業をこなしている、そういうことになりそうですがこれは現在の状態からしたら到底無理なレベルの話だとわかります。

AIという言葉を聞くと、私などは人間に変わってなんでもできるものを想像してしまっていましたがAIに関連する本を何冊か読むと、それは妄想に過ぎないことがわかります。「東ロボくん」という東京大学受験に挑戦するAIを開発するプロジェクトを率いる新井紀子という方の著書に人間の知能と同等の機能を果たす人工知能はできるかどうかについての記述があります。コンピューターがしているのは四則演算なので人工知能を実現するには人間の知的活動を四則演算で表現するか、それができていると感じる程度に近づけることだとあります。そしてそれができるかどうかについては明確に、遠い未来はともかく近未来にそれができることはないと述べています。それはなぜなのか知りたい方はは「AI vs教科書が読めない子供たち」を読んでいただければと思います。

ということで結局、AIが現場で大活躍というのはただの妄想。ですが人間に変わって様々な作業の補助をしてくれる可能性はかなりある。建設業においては人手不足を補う一つの方法として真剣に取組んでいかなければならないのだろうなと、そう思います。

新型コロナ騒動を考察してみる

グラフを見ながら現実を直視

各国の死者数と日本のそれのを見ていていろいろ思うことがあります。

各国の百万人あたり死者数推移
6/7時点の百万人あたり死者数

英オックスフォード大学が運営するOur World In Dataから提供されている新型コロナに関する統計情報を参考にします。各国の死者数の推移を調べてみました。死者数をそのまま比較しても人口の違いがあり比率がわかりにくいため百万人あたりの死者数の推移のグラフで検証します。

United Kingdom=イギリスは100万人あたりの死者数6/7の時点で596.07人です。これに対して日本は7.24人です。推移のグラフを見てもわかるように日本の数値は他国と比較して圧倒的に少ないためグラフの形が地を這うミミズのようになってしまっているという…。3月の中旬から下旬にかけてアメリカやイタリアの死者がうなぎ上りで増加していた時は、これはもしかして日本もヤバいのではないかと一瞬思いましたが欧米の国とグラフの傾きがまったく違うのを見て4月の頭頃には、ちょっと日本は違うなと考え直しました。多くの人が同じように気付いたはずだと思ったのですが現実は違いました。世間の多くの方はロックダウンや緊急事態宣言を求めました。そして4/7から5/25まで緊急事態宣言は続き経済活動は急激にブレーキをかけられ解除後もまだ自粛ムードがかなり残る中、多くの企業が倒産しており、生き残った企業も前年比大幅な業績ダウン、今後さらにこの影響による負の連鎖が続きます。深刻な事態が浮き彫りになるのはこれからだと思っています。たぶん夏のボーナスはコロナ前の成績で判断なので出る企業はあると思いますが冬のボーナスを出せる企業は減ると思っています。

スウェーデンの結果から考えられること

スウェーデンは緩和策をとってロックダウンは実施せず、50人以上のイベントの禁止や高齢者施設への訪問の禁止などの決まり事以外は市民の判断での感染防止策に任せて、ほぼ普段通りの生活をしながら集団免疫を獲得して収束を目指すという方法を採用した唯一の国です。死者数は百万人あたり6/7の時点で461.02人と欧米の中でも多めの数値となっていますがロックダウンという抑圧策をとったイギリスなどの国との死者数のグラフの形が相似形となっていることからロックダウンをする必要性は無かったのではないかということも言われています。

これを認めてしまった場合にロックダウンや緊急事態宣言発令などの政策をとった国の指導者はそれによって起こった景気後退の責任を取らなければならない可能性もあるし、これだけ国民にステイホームの対応を要請して我慢を強いておいて、今更意味がなかったとはなかなか言えないはずですがグラフを見る限り、ロックダウンや緊急事態宣言によるさまざまな活動自粛の有効性がどれほどあったのか、経済的な損失をこれほどまでに拡大して実施するだけの意義があったかの検証は必要と思われます。

新型コロナの恐怖だけをむやみに煽るメディアが多いと感じています。結局は自分で情報を探して自分で考えて判断するしかないのですが、あまりにも情緒に流された意見が多すぎる気はしています。NHKのニュースや民放のワイドショーなどを見ていると真実や事実を追及するスタンスよりも、ただ世間の論調に無難に合わせていい顔したいだけの人たちが番組を作っているように見えてしまいます、私には。

日本においては新型コロナによる死者は圧倒的に少なくインフルエンザよりも感染力、毒性ともに弱いというのが現実ではないでしょうか。また、スウェーデンの結果からロックダウンや緊急事態宣言の有効性まで問われているという状況です。

なので、自粛ムードはまだ残っていますが、個人的にはもう気にせず普段通りの生活をすればよいと思っています。普通に会社帰りに居酒屋も行けばいいし、キャバクラも行けばいい、パチンコも行きたい人は行けばいい、サーフィンもゴルフも普通に行けるはずです。ネックになっているのはこの自粛をまだ強要しようとする空気感です。これをなんとか変えられないものかと思っていますが時間が解決してくれるのを待つしかないのでしょうか。

いつか死ぬ覚悟の話

建築士試験の失敗

昨年、建築士の試験を受験して一次試験はなんとかパスしたのですが、12/9に実施された二次試験はどうなったか?というと結果は不合格でした。今思えば二次試験を受験する頃にはかなり疲れ切っていたなと思います。二次試験の途中、製図の試験なんですが、途中で試験を放り出して帰ろうと思ったんです。あんなに勉強してきたのに。何故そう思ったかと言うと試験の途中でもうこれ以上描いても合格レベルの図面にはならないなと思ったからです。試験の最中に60秒くらいでしょうか手を止めて考えてしまいました、もう帰ろうかどうかと。

結局、途中退室はせずとりあえず時間ギリギリで図面は形にして提出しました。提出した後、数分間なんとも言えない状態、放心状態というか虚しさが込み上げてくると言うか、でもとりあえず終わったから試験勉強からは解放される安堵感も混ざっていたり、なんと言ってよいかわからない感情があって席に座ったままボーッとしてしまいました。家に帰ってからは、周囲の人にはまず合格はないだろうと伝えていました。それでも淡い期待はしていたんです。そして2/5に合格発表がありましたが、やはり合格者名簿に自分の受験番号と名前はいくら探してもありませんでした。

これはこれで仕方のないことで気持ちを切り替えてまた勉強し直して次回の製図の試験を受けようと思っていました。でも、その気持ちをまったく変えてしまう事件とでも呼べるようなことが起こりました。

生きていくうえで何を優先すべきか

44歳にしてはじめて人間ドックで健康診断を受けたのですが、その結果が2月の下旬に送付されてきてほとんど異常なしだった中で前立腺に関する腫瘍マーカーが異常値を示しているということで再検査の指示が書かれていたのです。

後日、勤めている会社から近い大きめの病院で再検査を受けました。そこでも腫瘍マーカーの値は下がらない結果で、さらに詳しく調べるためにCT画像の撮影をする検査まで進みました。この時点で、もしかしたらいきなりステージ4など言われてしまうこともあり得るなと思い始めました。後日CT画像など検査の結果から医者の先生の説明で出た話は前立腺癌の疑いがあるという内容でした。40代で前立腺癌になる人というのは10万人に数人です。さらに詳しく検査する必要があるということで身体の細胞を直接とって癌細胞の有無を調べる検生針検査という検査を受けることになりました。この検査は前立腺に十数箇所から二十数箇所、細胞を採取するための針を刺すというもので下半身麻酔をかける必要もあることから検査入院が必要となります。それなりに身体への負担がある検査で高齢の方などはこの検査自体を避けることもあるそうです。

CTの画像を見ながら前立腺癌の疑いがあると言われた時に、もしかしたらあと数年の命かもしれないと瞬時に思いました。妻と母親にはすぐにこのことを話しましたが母親なんかは電話で話している途中で泣き始めてしまい、やっぱり言わない方が良かったのかなとか思ったりもしました。

あと数年しか生きられないとしたら、今、何を優先させるべきなんだろう?と考えました。この時にはっきり頭の中に浮かんだのが、建築士の試験勉強なんかやってる場合ではないということでした。昨年一年間は周りの人に協力してもらいながら、それこそ必死になってやってきて結果が出せなかった、だから次回の試験で結果を出さなければならないから勉強は継続しようとそれまでは思っていたのに。自分で自分にびっくりしました、躊躇なくすぐにこれはやめようと決断したことに。

最も優先順位が高いと思ったのは家族と過ごす時間の確保です、次女は産まれたばかりなので特に家族と過ごす時間は優先させたいなと頭に浮かびました。次に高いと思ったのは今の仕事をしっかり続けること。後輩や部下へ自分が伝えられる知識やノウハウは形にして残さないといけない、もっと仕事のレベルを上げていかないといけない、そう思いました。あとはもっと世の中に対してアウトプットしていきたいということ、このブログがその役目を果たすためのツールとしては有効と思っています、いま現在はまだほぼ誰にも読まれていませんが。

検生針検査を受けるための検査入院をするタイミングは、新型コロナウィルスの感染者数がかなり増えている時期と重なりました。もしかしたらこの影響で検査入院が延期と言われるかなとも思いましたが滞りなく検査は実施されました。家族の立会が必要ということで妻が子供の世話から離れるのがなかなかできない状況なので母親が来てくれたのですが、こんなコロナ騒動の中にも関わらず駆け付けてもらって本当に感謝しました。

検査の結果は意外でした。癌細胞は発見されませんでしたという報告が担当のお医者さんの口から説明されました。しかし腫瘍マーカーの数値は下がっていないのでまったく癌の疑いがなくなったわけではないとのこと、現在も通院は続けて経過をみていただいているという状況です。

死ぬ覚悟はできているつもりだっただけかもしれない

あと数年しか生きられないかもしれないと思った時、今も癌の疑いは晴れていないし、もしかしたら明日交通事故で死ぬかもしれないのですが、どう生きるべきかを再考しました。死ぬことはやはり怖いというのはありますが、あまり怖がっていても意味がない。親父が死んだ時に生と死は地続きなんだなとそう確信しました。生きているという状態の延長線上に死という状態があるということで死はごく自然なことなはずです。すると結局は今をどうより良く生きるかを考えるしかないという結論にしかならない。

自分の中では死ぬ覚悟はある程度できているはずと思っていましたが、今回の前立腺癌の疑いを言われていろいろ考えた時に、全然死ぬ覚悟なんかできていなかったなと、嫁さんと、もしステージ4とか言われた時の話もしましたが話している時に「俺、全然死ぬ覚悟なんかできてない」とわかってしまいました。リアルにこの事態になってようやく少しだけ死に対する考え方が深まったに過ぎない。

子供の頃4から6歳頃がピークだった気がしますが、なぜか毎日のように自分が死ぬ夢を見ました。あれはなんだったのか今も謎ですが戦車の砲弾が身体を貫通したり、ピストルで撃たれたり、高いところから落ちたり何度も死ぬ夢を見ました、だからかわかりませんが意外と死に対してはもともとドライなところはありました。そして今回の癌疑いでさらに自分の死についていろいろ考えた時期を経由した今、新型コロナの騒ぎでものすごく怖がっている人を見かけるとちょっと笑ってしまいます。日本ではインフルエンザより死者が少ないウィルスでそこまで?と。この人はこれまでの人生で自分が死ぬことを想像したことがないのかなと不思議に見えます。第二次世界大戦時の特攻隊の若者の言葉を思い出します「俺は確信する 俺たちにとって死は疑いもなく 確実な身近な事実である」。

新型コロナウィルスはインフルエンザより怖いのか?

延期になった勉強会

新型コロナウィルスですが、この記事を書こうかなと思い始めた4/7の時点で日本では感染者3976人死者94人でした。いま現在5/10にこの記事を書いていますが感染者15628人死者601人です(日本経済新聞のデータです)。

 勤めている会社内での話です、内装工事の施工をメインにしている会社ですが、夏場の工事にむけて結露対策に関する技術的な勉強会をしようということで資料を作成するために3/27に関係者数人集まって会議をしていた時に出た話ですが数週間後には日本もニューヨークやイタリアみたいになっているだろうから、4月の中旬かゴールデンウィーク前には現場監督対象にして開催したいという話になっていたけど人が集まるということ自体を避けるという意味で各課の課長レベル以上に対象を絞って時間も短縮して開催しましょうということで話はまとまりました。

この判断自体になんの異論もなかったし勉強会は縮小かつ短縮して滞りなく実施しました。結露の問題は理解するのが難しい内容もかなりあるので本当はもっと時間をかけてしっかり説明をしたかったというのが本音です。でも仕方がない、この空気に抗うことはなかなかできません。しかも社内の勉強会の件でそこまでムキになって縮小短縮反対を唱える意味などほぼ無いですし、ニューヨークやイタリアのようになってしまうということであれば、そういった判断に異論を言う必要もない。この事態が落ち着いたらあらためて正式な内容での勉強会をすれば良いことです、結露問題がピークになる夏までに開催できるかという論点は残りますが。で、なぜこんな話を始めたか?ですが、私はこの新型コロナの問題については何とも言えない違和感を感じ続けていてこの空気感が何かおかしい、でもどうおかしいのかうまく頭の中でまとまらないので自分の中でモヤモヤしていたからです。

勉強会の縮小を決めた3/27の時点では日本においては感染者数1387人 死者数46人。イタリアではそれぞれ80539人 8165人でした。3月末の時点でイタリアはかなり深刻な状況だという報道もされており、そもそもEUの緊縮財政の影響で新型コロナが流行る前から医療崩壊していたことやハグやキスを挨拶がわりにする文化があるからなど流行の原因として様々な指摘をされていました。この時点で私が思ったのは、日本人の感染者数と死者数は諸外国と比較してかなり少なくないか?という事です。あとは、増加の仕方も緩やかだとも思いました。日本で初めての感染者が確認されたのは1/14 、初めて死者が出たのは2/13です。イタリアはそれぞれ1/29 2/22です。ちなみにアメリカは1/22 2/29です。ここからわかることはイタリア、アメリカともに日本よりも遅く流行が始まったにも関わらず、感染者及び死者数の増加のスピードは日本よりも何倍も速かったため、あっという間に感染者数、死者数ともに追い抜いてしまったということです。ただし、感染者数については日本においてはPCR検査が少ないという指摘があるので、ある程度正確に観測可能な数値としては死者数に注目しなければなりません。

観測可能で、ある程度正確な数値「死者数」に注目

3/27の時点ではもしかしたら数週間後にはイタリアのようになるのかと思って少しビビった気持ちはありました。では現在日本はイタリアやアメリカのようになったかどうかを検証してみます。注目するのは先程も述べた通り、観測可能なある程度正確な数値として死者数に注目します。5/10現在死者数は日本601人 イタリア30395人 アメリカ78746人です。単純に死亡者数の比較をするとイタリアは日本の50倍アメリカは131倍の人が亡くなっています。国別の人口に対する比率を考えると日本人口1億2618万0643人(Wikipediaより2019年の値)より0.00047% イタリア人口6055万100人(Wikipediaより2019年の値)より死者数の比率は0.0501%アメリカは3億2783万人(Wikipediaより2018年の値)より死者数の比率0.0240%となります。イタリアが最も死者数の比率が大きく日本の比率の100倍を超えます。ちなみにアメリカは50倍です。

この数字から言えることは、5/10現在の日本は幸運にもイタリアにもアメリカにもならなかったということです。なぜこのような結果になったかについては現在は正確に全てを把握することはできませんし科学者の分析結果がわかるのはもっと先のことになると思います。いま勉強のために読んでいる「感染症の世界史」という本の内容に東洋からもたらされた感染症は西洋人が罹ると大量の死者が出て、逆に西洋からもたらされた感染症に東洋人が罹ると、これも大量の死者が出るというような記述があります。今回の新型コロナ、COVID-19は中国の武漢が原発地とされていますから東洋からもたらされた感染症ということになります。よって西洋人は東洋人よりも耐性がないという可能性はあるかもしれません。あと言われているのはBCGの予防接種の影響です。日本では1951年から接種の実施をしているので60歳代の方より若い世代は接種されているとみてよいと思います。また、ドイツにおいてはBCGの予防接種を実施していた東ドイツの方が西ドイツよりも新型コロナの感染者数が少ないという状況になっているようです。BCG接種の思わぬ効用があったという可能性もあります。アメリカでは全ての国民に医療保険が適用されているわけではなく病気になっても簡単に医者にかかれないというのはマイケルムーアの映画シッコなどで語られています。お金持ちしかまともな医療が受けられない医療後進国とも言える国です。また、イタリアはEUの緊縮財政の煽りで医療施設の縮小を余儀なくされ今回の新型コロナウィルスの流行前から医療崩壊が指摘されていた国でした。これらに比べて日本ははるかに医療の環境が良い国で今回の死者の少なさも日本の医療環境の良さが影響しているものと言えるのではないでしょうか。

意見は分かれるところだが経済をまわすべき

最後に言いたいのは、緊急事態宣言による経済的なダメージについて。宣言の解除は延期されてしまい5月いっぱいまで学校も休校、会社もこの状況の中で在宅ワークとなっているところも多いと思います。最も心配なのは中小企業や個人経営の飲食店やアミューズメント系のイベントなどに関連する企業、あとは百貨店やデパートなどの経営状況です。1ヶ月、いや2ヶ月間もほとんど営業が成り立たない状況が続いたら経営が破綻する企業はかなり出てくるはずです。休業補償を国がすると言っても、この自粛休業における損失を全て国が補償できるとは私は思っていません。おそらく見捨てられる企業はたくさん出てくるはずです、というか現時点でもう再開不可能という企業はかなりあるはずです。

最近いろいろなところで言われていることだと思いますが、インフルエンザが直接原因の死者は年間3000人、関連死を合わせると10000人です。この数字であってもこれまで日本人は現在のような騒ぎを起こすことなくやってきたので、5/10時点の数字から判断する限り、新型コロナCOVID-19についても同じように付き合えばよいのではないかと思っています。正直、無症状の感染者がいるということを知った時点で新型コロナの短期間での根絶は無理と私は判断しました。無症状の人は病院に行こうとも思わないし検査を受けようとも思わない、つまり管理するこなどできないですから。いつのまにやら感染が広がってしまうという事態を避けることはできないということを意味します。ワクチンができて長い時間かければ根絶はできるかもしれませんが、それでも根絶するというのはかなり難しいはずです。インフルエンザのようにワクチンがあっても毎年冬になると流行するの繰り返しとなるウィルスもある、一度は沈静化したように見えた結核も日本においては感染者数が増加傾向であったり、とにかくそう簡単には根絶などできないという前提で対策を考えるべきものではないでしょうか。ワクチンができるまでは重症患者のケアを徹底して死者を最小限にとどめつつ集団免疫を獲得しながら対抗する、ワクチンができたらインフルエンザと同様毎年予防接種受けつつ集団免疫での対抗も合わせて付き合っていく、というようなやり方になるのではないでしょうか。

 経済の話にもどりますが、経済へのダメージがさらに大きくなることを避けるために、できることであれば、できる限り各自治体や企業やあるいは個人の判断で自粛は終わらせて活動を再開していくという方向に国民みんなが考えをシフトしないとならないと考えています。

 これは完全に個人的なつぶやきになりますが、会社帰りにLUMINEやマルイに寄って洋服を見たりスタバなど喫茶店で一服するのが至福の時だったので今のこのお店がどこもかしこも閉まっている状態はもういや!なんです。みんなで力強く一歩を踏みだせたらよいのですが…まだ早いでしょうか?