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リテラシー

新型コロナ 緊急事態宣言に意味はあるのか?

政府が緊急事態宣言を出すことを決めたようです。

ゴールデンウィークは昨年に続いて今年も潰れます。

いきなり結論を言ってしまうと、以前のブログでも同様のことを述べてきたましたが緊急事態宣言は出しても意味がありません。

経済活動が停滞することや職を失う人、自殺者の増加など負の影響が大きすぎることに対して緊急事態宣言を出すことによるメリットがまったく見えてこないため私自身は緊急事態宣言は出すべきではないと考える一人です。

ロックダウンなどの政策によって人の動きを制限してもその効果があるということの証明は過去においてどこの国でもなされていません。

フィンランドでは政府が国会に提出していたロックダウン法案に対してロックダウン自体の効果に疑いがあることもひとつの理由として違憲判決が出て破棄されました。

緊急事態宣言で一瞬、少しだけ感染のスピードはゆるむ可能性はあります(その時の気候や季節などにも影響されるはず)。

まったく関係なく増えることもあるでしょう、ロックダウンと感染者数が減ることの比例関係が証明されていないのです。

緊急事態宣言やロックダウンをしても最終的なトータルの感染者数を減らすことにはつながらず、だらだらと感染者が出るという状態が続くだけのことです。

そもそも日本の場合、緊急事態宣言をだすほどの状況ではないと私は認識しています。

その理由は他国との死者数の比較のグラフやネットなどに出ている記事をつぶさに見ていけば誰でもわかります。

nanario125 さんによるPhotoAC からの画像

日本人の死者数は欧米の1/20〜1/25

このグラフを掲載するのも初めてではありませんが直近のデータを掲載しておきます。

新型コロナの人口100万人あたり死者数推移
Our World in Dataより

グラフの下の方を地を這うミミズのように推移しているのが日本の死者数の推移です。

2021年4/20時点で100万人あたり死者数、日本は76.55人

United Kiogdom(イギリス)は1878.99人なので日本の約25倍

Brazil 1778.34人 日本の約23倍

United States (アメリカ)1717.42人 日本の約22倍

となっています。

最近ではブラジルで1日あたり3000人が亡くなっているとのことで、これは大変な事態だとわかります。

欧米でも確かに怖いウィルスと言われるのはわかります。

欧米では5百何十人かに1人亡くなっている計算ですが日本では13000人に1人です。

これは多いと言えるのでしょうか。

しかもこの人数は昨年2月からの累計で、日本の場合亡くなった後にPCR検査をして陽性であればカウントされるので大げさな話、交通事故死でも陽性反応が出ればコロナで亡くなったとカウントされている、そんな数字です。

札幌市のデータでは亡くなっているかたの4割が寝たきりの高齢者という話もあります。コロナ死亡患者の4割が「元々寝たきり」の波紋 東洋経済

日本の場合はコロナ死と判定されていても実際は寿命で亡くなられたと言ってもよいのではないかという事例が多く含まれている可能性が高いです。

日本では子供は1人も死んでいない

これも以前から書いていることで、いろいろな人がいろいろな場所で同じことを言っていますが私も記録を残す意味を含めてまたここに書きます。

2021年4月21日の時点で日本では0歳から19歳までの子供は1人も亡くなっていません。

東洋経済OnLineより

20代でも死亡者は3人です。

高齢者についてもみてみますが、80代において陽性者のうち亡くなったのは14%です。

また、78%は回復済みというデータなので高齢者にとっても必ず死んでしまう恐怖の病ということではありません。

いま私には1歳の子供がいるのですがこの時期の子供は年に4〜5回風邪をひいて熱を出したりします。

うちの子も1月に39℃台の高熱が数日続いたため原因が何かを知っておきたいこともあり病院に行きました。

正直、コロナと診断された場合に濃厚接触者となるため仕事を休まなければならなくなるなどの対応が頭をよぎって病院に連れて行くこと自体に躊躇がありました。

さすがに高熱がこのまま何日も続いて何の手も打たないのでは子供にとってよくないので行くことに決めたという、このような葛藤がありました。

今現在小さい子供を持つ親はみんな同じことで頭を悩ませているはずです。

そして病院に行って先生に診てもらった結果、おそらく突発性発疹による発熱だろうとのこと。

そしてPCR検査ももれなく受けましたが陰性でした。

つい先日4月の初旬にも熱が出ていたので土曜日でしたが近くの開いている小児科に子供を連れて行って診てもらいました。

今回は熱がそこまで高熱ではなく下がってきている傾向もあったため、とくに何か病名を言い渡されることもなく薬をいくつか処方してもらって帰りました。

今回はPCR検査についてする、しないは親の判断でよいです、とのことだったので今回はしませんでした。

子供については、とくにコロナ感染の対策は手洗いうがい、必要に応じてマスクをする、これ以外は必要ないと思っています。

普通に学校で学んで普通に遊べばよいです、本来はマスクも不要です。

体調が悪くて咳がでる場合などは必要に応じてマスクをすればよいだけで強制する必要性を感じません。

マスクの影響で他人の表情が読めないため不安や猜疑心の強すぎる人間になってしまわないか心配しています、心配しすぎでしょうか。

日本では超過死亡者数が減っている、今起きてることはパンデミックと言えるのか?

インフルエンザなどの感染症や自然災害などの影響で増加した分の死亡者数を超過死亡者数という数値で統計として国がまとめています。

この数値ですが新型コロナが流行しはじめた2020年は11年ぶりに減少したそうです。コロナ「医療逼迫」に「国民が我慢せよ」は筋違い 東洋経済

この話を聞いた時にはズッこけました、ちょっとした怒りも同時に覚えましたが。

超過死亡が減少した主因はおそらく、インフルエンザの流行が止んだからだと思われます。

ウイルス干渉によってコロナが流行してインフルエンザが淘汰された。

そしてインフルエンザよりコロナの毒性の方が弱いので死亡者は減った、このようなストーリーが予想されます。

超過死亡が減少しているいま、日本で起きていることはパンデミックと言えるのでしょうか?

インフルエンザは1月になると毎年1週間で200万人の感染者が出ていた

インフルエンザが流行していた時の詳細は私も忘れてしまっていますが、過去の情報をネットで調べてみると1月の流行期の感染者数は新型コロナの比ではありません。

2016年のANNNEWSの画像

上の画像は2016年のものですが1週間で推計200万人の感染者でした。

2017年から2019年にかけても毎年、1月の流行期には1週間で推計200万人の感染者が出ているとの報道がされていました。

1日あたり28.5万人程度の感染者が出ていたことになりますが、この時はクラスター発生した場合は学級閉鎖などで対応して緊急事態宣言などという人の流れを広範囲でいっさい止めようとするような話は出ていません。

医療崩壊が叫ばれることもなかったです。

これは現在新型コロナは2類扱いにしているため対応可能な医療施設では逼迫の状態があると思いますがクリニックなどでは受診する患者は減っています。

新型コロナは1月のピークで陽性者が多くて7000人、多くみても1週間で5万人、インフルエンザの比較になりません。

インフルエンザはクリニックでも対応可能だったので医療崩壊する心配もなかったのです。

インフルエンザのときはPCR検査などしていませんから200万人というのは症状があって来院した人の数です。

この時にインフルエンザで亡くなった方の数を今の新型コロナの死者と同じ考え方でカウントしていたら何十倍かの数になっていたはずです。

感染症の毒性と広がり方の関係

感染症の毒性の強さと感染の広がり方については毒性が弱ければ多くの人に感染して広い範囲に伝播していくことができます。

逆に毒性が強い場合、感染者がすぐに死亡してしまうとウイルスはそれ以上増殖できなくなり他者への感染力もなくなるため感染の範囲は狭くなり局所的な流行となる傾向があります。

例えば、強毒性で感染力と感染のスピードが早いウイルスが出てきた場合はロックダウンは有効かもしれません。

しかし毒性が弱く、感染の仕方も緩やかな場合にはロックダウンや緊急事態宣言は意味があるのでしょうか。

すでに広範囲にウイルスが広がって感染者が多数存在している状態で人の流れを止めても、止めた範囲内にウイルスの保持者が存在するため感染が止まるはずがありません。

弱毒であればある程度は許容しなければならない、つまり共生してかなければならないということです。

リテラシーについて

リテラシーというと最近はネットリテラシーのことを言っていることが多いですが、自分の体験と紐づけてリテラシーとは何なのか考えてみます。

距離感がメチャクチャな地図

仕事の都合で役所に相談や打合せに行くことがたまにあります。給水の受水槽の容量などについて見解を確認するための打合せでした。千葉県内のとある市役所に行ったところ水道事業所というのがそこから離れた場所にあるとのこと。窓口のおばちゃんが地図を差し出してくれたのですがその地図を見た感じ、そんなに遠くないな、目的地まで5分くらい?という印象だったので「わかりました歩いて行きます、ありがとうございます」と言って去ろうとしたところ「歩いて行くとちょっと遠いかもしれませんよ…」と言うので「距離的にどれくらいですか?」と聞きました。しかし明確な答えは返ってきません。「あの…車とかで来られたのですか?」「いいえ、歩きです。」

で、結局はっきりした回答がないのでスマホでGoogleマップをチラ見して、なんとなく歩けそうな感じだったので「大丈夫です、たぶん歩けるので」と言い残して市役所を出て歩き始めました。

オチはだいたいわかると思いますが、歩き始めて少しして、この地図スケール感おかしくね?と気付きました。歩き始めてから5分はすでに経過して、でもGoogleマップを見た感じ行けそうな気がしたのでとりあえず歩を進めたわけです。そして交差点で左に曲がって信号機を目印にして歩いていたのですが、交差点の次の信号機の次、3つ目の信号機が無いな?と思って遠くに目をやったら霞んで見える信号機を発見しました。信号機を二度見してからスマホでGoogleマップをもう一度確認してみたところ3つ目の信号機まで600m程度あることがわかりました。そして信号機が赤なのを見て600m先の信号機って意外と肉眼で確認できるんだ…と感慨にふけると同時に、これは市役所から目的地まで全部で2kmくらいあるな…とそこでやっとわかりました。炎天下の中ほとんど日影のない歩道を25分くらいでしょうか、歩いてやっと水道事業所に到着しましたが、熱中症になりそうな勢いの暑さでした。スポーツドリンクを買ってしのぎましたが。

地図を読み取るためのリテラシーがなかった…

リテラシーという言葉についてですがその意味を調べると

“「なんらかの分野で用いられている記述体系を理解し、整理し、活用する能力」を呼ぶようにもなっている(例:「会計リテラシー」など)。そしてまた、「書かれた(印刷された)言語に限らず、様々な言語、コミュニケーションの媒体(例えば、ボディランゲージ画像映像 等まで含む)を適切に読み取り、適切に分析し、適切にその媒体で記述・表現できること」などを指すようになってきている。”

Wikipediaより

つまり私には役所でもらった地図を正確に読み解くだけの「リテラシー」がなかったという言い方をすることができます。Googleマップを見ても最初はそんなに遠くないでしょう、という思い込みがあるためチラ見しかしなかったことが敗因です。歩き出す前に、もっとよくGoogleマップと役所からもらった地図を比較して見るべきだったのです。そうすれば信号機間が600mあること、水道事業所まで2km以上あることは歩き出す前にわかったはずです。タクシーを呼ぶこともできたでしょうし、歩くとしてもそれなりの覚悟を持って行けたかもしれない、少なくとも無駄に騙されたような気分になることはなかったはずです。地図を見て何か変だなと思わなければいけなかったのですが、そんなに遠くないはずという思い込みで間違った読み込みをしたということです。

ただ、ひとつだけ言っておきたいのは2個目と3個目の信号機まで600m程度あったのに対して3個目と4個目の信号機の間は200m程度。これを同じスパンで描いてある地図もおかしいと思う…なんと言うか、だまし絵みたいになっちゃってますから。もっと言うとあたえられた情報の質が著しく低かったと言えます。言い過ぎかな…。

情報と正しく向き合いたい

ネットはいろいろな情報がすぐ検索できるのは良いのですが、自分が信じたい、そう思いたい情報を集めてしまいがちです。広範囲にわたっていろいろ調べているつもりが自分が興味のある対象の狭い範囲をグルグルしているだけになっている場合もあります。あとは関連記事に目がいって脱線したまま最初の目的を忘れて時間だけを浪費することもけっこうあります。新聞や雑誌は全部は読みませんが、興味のある記事の隣に書いてある記事をついつい読んでしまったところ、意外とためになる内容だったりネットとは違う情報の触れ方ができます。新聞の場合は脱線したまま止めどなく関連記事を追いかけるようなことにはならないのが良いのかもしれません。ネットと新聞、どちらが良いというのはないですが向き合い方を考える必要性はありそうです。

「この情報が正しい」などと思い込まず、そして自分が取ってきやすい媒体からの情報だけにとらわれず、与えられた情報を正しく疑いながら向き合って、何か変だなと思ったらとことん調べて考えてみる。そうすれば情報そのものに惑わされることはかなり少なくなるはずです。与えられた情報を鵜呑みにした場合の失敗例として地図の読み取りの失敗をあげてみました。

でも、とことん調べるとかめんどくさいし疲れるよねー。

またとりとめのない文章になりましたが、とりあえず今回はこの辺でおしまいにします。