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新型コロナに関するブログ

新型コロナ騒動をさらに考察〜3〜グローバリズムの影響と死生観について

あいかわらず10代および1桁代の子供の死者は1人もいません。新型コロナは子供達より弱いので小学生から大学生までは普通に学校に行って普通に学んで遊べばいいと私は考えています。いや、子供だって死者は出ているという話しも聞きますが2/7現在、調べてみても日本の10代までは死者数ゼロ、20代で3人のみ。ということは、欧米での死者数の話をしているのかもしれません。

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子供の感染者数と死者数が少ないのは世界共通の傾向

調べてみると欧米では小児の死亡者が発生しています、それは事実です。

しかし高齢者の死亡者数と比較した場合に日本と同様に有意に子供の感染者数と死亡者数が少数であることが確認されています。

日経メディカルの記事などが参考になります。

COVID-19の死亡率の違いは年齢分布の影響が大 この記事では、致死率はどの国においても年齢上昇と共に急激に上昇すると表現しています。

はやしクリニックという小児科のお医者さんが作成した資料と思われますが下記のリンクもわかりやすく参考になります。

世界の子供たちの感染状況

この中からアメリカの状況を抜粋したものが下のグラフになります。

これは2020年5月ころにまとめられた資料のようなので現在の情報ではありませんが傾向は把握できます。

これらの情報から、欧米では子供の死者は発生しているが日本と同様に高齢者と比較してそのリスクはかなり小さいということができます。

子供たちは新型コロナなど恐れずに学校に行って学び遊んで普通に生活すればよいのです。

給食の時はみんな前を向いて黙って食べているようですが、そのようなことをする必要性もなくマスクも着用したい人のみが着用すれば十分です。

なかば全員マスクを強制されているような状態がよいとは思えません。

表情を読み取ることができないし、無駄に恐怖を煽る象徴となっていると思われるからです。

欧米では日本やアジア諸国と比較して高齢者のリスクが極端に大きい

欧米の死者数は日本やアジアの国々と比較すると桁違いです。

各国の死亡者数の差は中年から高齢者になればなるほど極端に大きくなっており、中年から高齢者の死亡者数の差がダイレクトに反映されています。

ここ最近のデータを確認します。

各国100万人あたり1日の死者数の推移↓

100万人あたり累積死者数の推移↓

2021年2/6時点の100万人あたり累積死者数を確認します。

United Kingdom(イギリス)1654.32人

Italy(イタリア)1505.13人

United States(アメリカ)1396.28人

Spain(スペイン)1312.94人

Sweden(スウェーデン)1199.59人

Brazil(ブラジル)1082.21人

India(インド)112.32人

Jpan(日本)50.39人

South Korea(韓国)28.69人

日本の死者数は欧米の1/20から1/30で推移しています。

グローバリズムに染まった考えが新型コロナの状況を正確に捉えることを妨げているのか?

数字をつぶさに確認すると決して各国の状況が同様ではないことがよくわかります。

日本をはじめとしたアジアでは明らかに何かの要因によって死者数が少なく抑えられています。

それは自粛をしっかりしたからというような理由でもなければ清潔だからという理由だけではないでしょう。

インドやベトナムは日本よりも公衆衛生的に劣りますが欧米との比較の上では死者数は圧倒的に少ないですから。

おそらく人種の違いによる何かが影響しています。

これだけの差があると欧米とアジアではその対応、対策は違ったものになるのが自然です。

欧米ではロックダウンが要請される事態だとしても日本ではロックダウンまでする必要がない、非常事態宣言による自粛すら必要なくインフルエンザの時の対応と同等で十分だったはず、というのが私の考えです。

ロックダウンレベルの対策や更なる自粛が日本にも必要だと唱える人たちはこれらの数字を確認して言っているのでしょうか。

それとも思考回路がグローバリズムに侵食されていて必ず欧米と同じになると思っているのでしょうか。

明日から急にこのグラフが急上昇して指数関数的に死者が増加するなどと予想する専門家はオオカミ少年的な嘘をついているレベルではありませんか。

死生観が成熟していないが故に

インフルエンザよりも弱毒である新型コロナをこれだけ恐れる人がいるのは死生観の問題でもあります。

結局、夏場は熱中症で亡くなった人数の方が多かったという結果でした。

経済的な困窮が今後さらに自殺者数を押し上げる可能性も高い。

テレビや新聞で恐怖を煽られて、その情報を真に受ける方は目の前のことしか見えないのかもしれません。

恐怖が眼前に迫ってから逃げ出すのはライオンに襲われるシマウマでもできます。

死の恐怖が突如現れて、それに慌てて逃げまくるような対処をするのは人間以外の哺乳類のレベルです。

刹那的に生きている状態です。

おとなしく死を受け入れなさいといういう意味ではありません。

命あるものはいつか必ず死にます。

その運命がわかっているにも関わらず、このような弱毒の新型コロナに惑わされる姿を見せることは恥ずかしいことだと思っています。

アメリカ人もイギリス人も自分の国は自分で守るという気概が国民にあり、兵隊として働いている方も普通に存在しています。

女性兵士が訓練で機関銃をぶっ放していますから、日本人とは胆力が違います。

また、キリスト教という宗教が死生観を育んでいます。

日本人は新型コロナは弱毒であることを見抜いて堂々と通常通りに経済をまわし、他国より余裕ができた分、世界中に援助の手を差し伸べればよかったはずですが、見誤って無駄な緊急事態の延長と自粛で自らの首を絞めている状態です。

上から目線な発言に聞こえるかもしれず申し訳ないのですが、私はこの新型コロナ騒動をかなり冷めた目で見ています。

本の紹介

新型コロナ騒動により癌検診を受診する方が減っていることが将来のリスクになることを指摘

グローバリズムとグローバル化の違いを指摘するなど闇雲にグローバリズムに振り回される状況に疑問を投げかける

新型コロナ騒動をさらに考察〜2〜 PCR検査を拡大しても感染を抑えることはできない

いま熱があったらPCR検査、あるいは症状がなくても自主的にPCR検査を受ける方もいるようです。

しかしPCR検査とはいったい何を調べているものなのか、本当にPCR検査をみんなが受ければ安心を得られるのでしょうか。

マスコミによる一方的な情報は正しいのか考えてみます。

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コロナウイルスは1種類ではないがPCR検査でどのコロナが検出されているかまではわからない

PCR検査とは何を知るための検査なのか?というと特定の遺伝子のウイルスが検査の対象となる人の体内に存在するかを調べるものです。

しかし完璧に新型コロナの感染者を特定できる検査方法ではないようです。

コロナには旧型コロナ4種類とSARS MARSがあることが知られています、また新型コロナも武漢型から少し変化しています。

新型コロナウイルスを特定するには厳密に言えば、ウイルスを形成する3万個の遺伝子配列全てが一致しなければなりません。

しかしPCR検査では3万の遺伝子のうち200~300個の配列の一致しか確認できません。

それでもこの200~300個の配列が一致した場合は陽性という検査結果が出ます。

よって、陽性という結果が出たとしてもそれが旧型のコロナのものなのか武漢型なのか変化した新型コロナなのかはわかりません。

旧型の4種類のコロナは感染症の指定すらありません。

どのコロナなのかあいまいであるにも関わらず陽性であれば感染症2類相当の扱いをされて新型コロナ陽性者と認定されているというのが現実です。

PCR検査サイクル数40の場合はわずかな遺伝子の残骸も検出してしまう

また、サイクル数というものがありますが、この値によって検査結果に違いがあるということが知られています。

PCRというのは数少ない遺伝子を検出可能な数にまで増幅させてその存在を確認する方法ですが1サイクルで2コピーされる、2サイクルで4コピーされます。

では30サイクルではコピーはいくつかというと1,072,741,824コピーです。

約10億コピーです。

40サイクルだと1,099,511,627,776 約1兆コピーです。

新型コロナ専門家を問い質す より抜粋

しかしサイクル数があがるほど検出する確率が上がるからよいのではないか、ということではないようです。

アメリカではPCRの製造メーカーや検査機関が独自の基準を設けて37~40サイクルで検出しているがこのサイクル数だと感染後体内で退治されたあとのウイルスの残骸まで検出して陽性としてしまう可能性が指摘され、これは人が立ち去ったあとの部屋でその人の髪の毛を発見しているようなものだと言われています。

ニューヨークのワーズワース研究所ではニューヨ-クタイムズ誌から要請を受けて調べた結果、2020年7月に40サイクルで陽性とされた872人のうち35サイクルで43%が陰性、30サイクルで63%が陰性であったとのことです

日本でのPCR検査サイクル数の基準は40サイクルです。

この場合、無症状で30〜35サイクルであれば陰性の方も陽性と判定されて隔離となるケースがかなり出ている可能性があることがわかります。

本来、症状もなく感染させる可能性も低い人を隔離して社会的な活動を制限することには人権の視点から考えても問題があります。

カリフォルニア大学のウイルス学者ジュリエット・モリソン氏は合理的なサイクル数は30〜35サイクルだろうと述べています。

またフランス、マルセイユのメディテネラ感染症大学病院研究所の研究論文によれば34サイクル以上の患者からは感染性のあるウイルスは検出されなくなるとのこと。

死んだウイルスの残骸しか出なくなるということだと思われます。

逆に34サイクル以上の検査には意味があまりなく、そこまでやって検出されない場合は陰性と判断してよいのではないでしょうか。

PCR検査の精度

PCR検査の感度、実際にウイルスが体内に存在する人が陽性であるという結果となる確率は約70%程度と言われています。

30%はウイルスを保有していても通り抜けていくということです。

正直、私はこの検査、ザルだと思っています。

PCR推進して隔離を叫ぶ人達がこの事実をどうとらえているかわかりませんが、この確率で陽性者を隔離していったところでゼロコロナなど実現できるはずがありません。

例えば1m四方の板があったとしてその面積の30%の開口を作るとすると一辺は54cmの穴になります。

なぜこの検査でゼロコロナを実現できると思えるのかが不思議です。

PCR検査をして陰性が出れば社会生活も安心だと本気で思っているのでしょうか、検査したその次の瞬間に感染することもあり得るのに。

では、毎日検査するのでしょうか、安くなったと言っても検査1回3000円として30日間毎日検査したら9万円、偽物の安心のために毎月払う人がいるのでしょうか。

あまりにも馬鹿げた話だと常識の感覚のある人であればすぐに気づくはずです。

PCR検査で無症状の感染者も隔離してゼロコロナを目指そう!と言っているテレビのコメンテーターは狂っているなと思いながら見ています。

ユダヤ人を強制収容所に送り込んだナチスに近い感覚ではありませんか。

PCR検査数を増やしても感染者数を抑えることにはつながらない

PCR検査を増やしても感染者数を抑えられないのはあたりまえです。

あたりまえ過ぎて言う必要性があるのかわからないのですがPCRは検査方法であって治療法ではありません。

よって、検査を増やせば増やすほど陽性者の絶対数は増える減らせば減るという結果にしかなりません。

以前と比較して陽性者あるいは感染者が減っている傾向が見られるとしたら、それは検査のおかげではありません、隔離のおかげでもありません。

増える要因として考えられるのは冬になると空気が乾燥してウイルスが空気中に舞いやすくなることや喉が乾燥して粘膜の保護機能が低下するためウイルスが体内で増殖しやすくなるなどです。

感染者が減る要因はその逆の状態になるからです、つまり春、夏になれば陽性者、感染者は減ります。

ただそれだけです。

0.1μmのウイルスの侵入を人間が簡単にコントロールすることなどできないのです。

実際に検査数と感染者数のグラフを見ていきます。

検査数 日本
100万人あたり感染者数 日本

このグラフを見て私が読み取れるのは、検査数と感染者数は連動しているということです。

少なくとも検査数を増やせば感染を抑えられるという結果を読み取ることはできません。

これが現実です。

PCR検査は症状のある人の病名の確定と対処法の決定のために使うことに限定して無症状の人の検査は隔離のための検査であり混乱を大きくするだけで意味がないのでやめるべきです。

新型コロナとはどう共生していくか、それを考える必要があります。


本の紹介

コロナ論2 小林よしのり 著

マンガと思ってあなどってはいけません。マンガ部分以外のウイルスの専門家の宮沢孝幸准教授や医師の萬田緑平氏の対談もこの問題を考えるうえで参考になります。


感染症と文明 山本太郎 著

人類の生活が狩猟採集から農耕牧畜へと変化したために感染症と付き合う運命となったことなどが、菌やウイルスとの共生についての考察が書かれています。


新型コロナ騒動をさらに考察〜1 〜インフルエンザとの比較

だびたびこのブログで新型コロナ騒動について話をしていますが私自身はかなり冷めた目でこの騒ぎを見ています。

日本における新型コロナはパンデミックではなくマスコミなどに誘導されているインフォデミックだと私は考えています。

現実には女性や若者の自殺者数が増加しています。

飲食店をはじめとする店や会社の雇用縮小や倒産などで職を失う人が増えています。

特に甲子園球児しかり大学生しかり学習やイベントなどの機会を奪われている子供を含めた若い世代への影響が大きすぎます。

ほんとうに困っている人は誰なのか想像力を働かせる必要があります。

テレビで毎日恐怖を煽る司会者やコメンテーターやニュースキャスターが言っていることや新聞に書いてあることはすべて事実なのでしょうか?

この前代未聞の馬鹿騒ぎ、新型コロナ騒動を収束させるにはどうすればよいか考えたいと思います。

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過去のインフルエンザの状況との比較

以前のブログで紹介した資料を再度掲載します。

厚生労働省のHPより

厚生労働省のHPにインフルエンザの感染者数は毎年1000万人いると言われていること、年間死亡者数は約1万人と推計されていることが書いてあります。

次にこれも以前のブログに掲載した国立感染研究所の資料ですが再度掲載します。

2019の年末から2020年の14週目にかけての季節性インフルエンザによる死亡者数の数値です。

国立感染研究所のHPより

2019-2020にかけての冬の寒い時期に季節性のインフルエンザで週に400〜500人の死亡者が出ていたことがわかります。

インフルエンザの死亡者がガクッと減った後から新型コロナ騒動が激しくなっていくわけですが2019年末から2020年の14週目にかけてインフルエンザで7000人程度は亡くなっていたことがわかります。

新型コロナは2021年の1/21の数値で陽性者数が348,646人です。

初めて感染者が確認されたのが昨年の1/14だったので期間としては約1年とちょっとでの数値です。

対してインフルエンザは例年約1000万人の感染者なので新型コロナの陽性者は比較してみると、かなり少ないことがわかります。

さらに言えば、新型コロナの数値は陽性者であって感染者に加えて無症状の人も数字に含まれています。

インフルエンザは症状があって来院した人のリアルな数字なので新型コロナの陽性者という数字はかなり割増し感があります。

新型コロナの死亡者数については1/21まで4,829人です。

インフルエンザは例年10,000人の死亡者数なのでこちらもインフルエンザの方が多いという状況です。

また、新型コロナの死亡者のカウントについては死亡した後にPCR検査をして陽性であれば新型コロナでの死亡とカウントしているので極端な話をすると交通事故でも新型コロナが死因としてカウントされている可能性があります。

実際の死亡者数は4,829人より少ないであろうことがわかります。

この精査も騒動が終わってからかもしれませんが、いつか研究者がすると思います。

インフルエンザでは感染者1000万人、死亡者数10000人でも経済活動を止めることなく普通に生活していたのになぜ新型コロナではそれができないのでしょうか。

数字で比較する限りで判断すればここまで日本中で騒ぐ必要性はないはずです。

この新型コロナ騒動については、本来インフルエンザより弱毒であること以上の議論など不要だと私は考えていますが世間ではそんな雰囲気はなく、このような数字は確認せずに恐怖にかられている人の方がかなり多いというのが実感です。

ウイルス干渉によっインフルエンザ感染者がほとんど消えた

こんなに感染対策をしているのに感染者が増えている新型コロナはインフルエンザより怖いという話を聞きますが、これは間違いです。

インフルエンザが激減したのはウイルス干渉が主な原因と考えられます。

下に示すグラフは東京都感染情報センターによる2016/17シーズンから2020/21シーズンまでの4年間プラス2020から2021年直近のインフルエンザ報告数を重ねたものです。

東京都感染情報センターのHPより

まず見た瞬間に2019.36週〜のグラフが青線ですが例年よりも報告数が少ないことと2020.36週〜直近までが少ないどころかほとんど報告がない状況であることがわかります。

例年、11月から12月にかけて報告数が増加して年末の病院が休業に入る頃いったん報告数が減り年明けてから第4週目くらいにかけてインフルエンザの報告数はうなぎ登りで増えていくところが2019.36〜は2020年の第1週以降で報告数が例年の半分から1/3以下となっていることがわかります。

そして13週目頃、つまり3月末頃には収束しています。

次に新型コロナの感染者、死亡者の推移がわかるグラフを以下に示します。

日本の新型コロナ感染者数の推移 Our World in Dataより
日本の新型コロナ死亡者数の推移 Our World in Dataより

インフルエンザが収束に向かう3月の終わり頃から新型コロナは感染者数、死者数共に増えていることがわかります。

北里大学の中山哲夫教授などはウイルス干渉という1つのウイルス感染が流行すると他のウイルスの流行が抑えられるという現象があると言っています、ウイルスが宿主を奪い合うとのこと。

これらのグラフから言えることは、新型コロナ流行前の3密回避やマスク徹底などの感染症対策を始める前にインフルエンザの感染者は減っていたということです。

そして、インフルエンザ報告数の減少と入れ替わるように新型コロナの感染者数と死者数が増加したということです。

つまり、インフルエンザ感染者が減っているのは3密回避やマスクやステイホームの効果ではなくウイルス干渉による可能性が高いということです。

そもそも3密回避やマスクやステイホームやロックダウンの効果でインフルエンザが減少するのであれば新型コロナも減少するはずです。

なぜなら、これらの対策はウイルスの種類は関係なくタンパク質の鎖でできた微小な塵を3密回避やマスクで物理的にシャットアウトできると仮定しての対策ですから。

現実は3密回避やマスクやステイホームやロックダウンではこの0.1μmのタンパク質の塵から完全に逃げきることは不可能です。

下のグラフはロックダウンしなかったスウェーデンとロックダウンしたイギリス(United Kingdom)やアメリカ(United Stats)の100万人あたり感染者数のグラフです。

ロックダウンしてもしなくてもグラフは同じような動向を示しておりロックダウンの有効性が疑問視されます。

ロックダウンでは新型コロナの感染拡大は防げないことの証拠です。

これは自粛や3密回避やマスクで感染拡大は防げないこととも同義です。

また夏が来れば感染者は減少して冬が来れば増加するのでしょう、自粛やロックダウンや3密回避するしないに関係なく。

ついでにですが日本の感染者が欧米に比較して異様に少ないこともわかります、これは自粛やマスクのおかげではありません。

人種的な違いなど他の何かによる作用の可能性が高いです、ファクターXと言われているものです。

話を元に戻しますが、0.1μmのタンパク質の塵から逃れられなかった結果2020年の1月の時点ではインフルエンザと新型コロナ両方の感染が進行していたはずですが、最終的にはインフルエンザが減少して新型コロナが増加したという現象が起こっています。

日経メディカルの中山哲夫教授の記事に以下の記載があります。

「COVID-19患者3834人を対象としたメタアナリシスによると、他のウイルス感染症に重感染した患者はわずか3%のみであることが報告されています(L Lansbury,et al. JInfect.2020;81:266-75.)」ウイルス干渉はコロナとインフルエンザでもおこる

また、厚生労働省の取りまとめによると2020/8/31から2021/1/17までの20週間でインフルエンザの累積患者数はわずか729人で過去5年間の平均患者総数は51万人なので、その0.15%となっており激減していることがわかります。今季インフル患者、ようやく累計700人超え例年の0.2%以下

この結果からインフルエンザと新型コロナのウイルス干渉においては新型コロナが勝るということでほぼ間違いないでしょう。

自粛をがんばったからマスクをしっかりしたから3密回避したからインフルエンザが減ったなどという話は物理的にウイルスをシャットアウトできると盲信する意見であり、その場合、逆に新型コロナだけが増えていることの説明がつかないことになります。

毒性の弱い新型コロナが優勢であれば逆にインフルエンザより安心なのではないか

ここまでの話をまとめると

・新型コロナは感染者数、死者数とも季節性インフルエンザに届かない比較的弱毒のウイルスである

・インフルエンザが減少してるのは自粛や3密回避ではなくウイルス干渉が原因となっている可能性が非常に高い

・ウイルス干渉によってインフルエンザより新型コロナの方が優勢に働いて感染を拡大させている可能性が非常に高い

以上から言えることは、以前より毒性の弱いウイルスの感染が拡大する分にはより安全になったのではないか、ということです。

対策としてはインフルエンザの時と同様手洗いうがい、必要に応じてマスク着用、感染者が増えた教室の学級閉鎖、感染症5類扱いにしてクリニックでも診察可能にする、これで十分なはずです。

本の紹介


新型コロナ専門家を問い質す

小林よしのり 泉美木蘭 共著

グラフや表などの資料が豊富でカラー掲載されているのでとても見やすくわかりやすいです。これ1冊で脱コロナ脳できます。


感染症の世界史 石 弘之 著

様々な感染症について淡々とレポートしていくのですが意外と引き込まれます。感染症の一般的な知識についてはこれを読めば十分です。雑学好きな人にもおすすめです。


排水設備の機能について〜SARSはトイレから〜

コロナウイルスの一種であるSARS(重症急性呼吸器症候群)は日本では2類に分類される指定感染症ですが現在は収束しています。

2002年の11月に中国の広東省で初の感染者が確認されてから2003年9月の収束まで30カ国で8098人の感染者と774人の死亡者が確認されました。

感染が広がる中で香港の高層マンションで排水菅の不備により321人が感染したという事例がありますが排水管の不備とはいったいどういうことなのでしょうか。

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便器から飛沫が飛ぶ可能性

大便器まわりにウイルスが多く存在するという話がありますが、あながち嘘でもなく、ダイヤモンドプリンセス号においてもトイレ周辺から新型コロナウイルスが多数検出されたという報告があったようです。

香港城市大学の研究によればトイレの水を流す際に1回あたり最大80万個のウイルスを含む飛沫が空中に吹き上がるとのこと。新型コロナトイレの糞口感染対策が盲点

つまり排水管に不備などなくとも飛沫は飛んでいるということですがSARSの感染拡大のひとつの原因となった高層マンションでの排水管の不備はさらに多くの飛沫を飛ばす状態になっていた可能性があります。

このSARSの話は「感染症の世界史」という本にあります。

マンションの排水管の不備で(感染源となった)男性の飛沫や糞沫に含まれていたウイルスがトイレの換気扇に吸い上げられてマンション内に拡散した可能性が高い、という記載です。

その事実は確かに書かれていますが排水管の不備というのが具体的にどのようなことだったのかまでは残念ながら書いてありません。

ネットで調べたら何か出てくるかと思いましたが探し方も悪かったのかもしれませんが何も出てきません。

そこで、どのような状態だったことが考えられるかのか予想してみました。

排水管内からガスが逆流

排水は立管から各階で枝配管を分岐させる形で配管します。

例えば最上階のトイレからSARSに汚染された汚物が流れたとした場合、排水立管が全体的に汚染されます。

そして、ここがポイントだと思っていますが、排気のための換気扇を作動させたのはよいが、給気口がない、あるいは給気口はあるが何らかの理由で閉鎖している状態だった場合、室内およびトイレ内は負圧になります。

室内およびトイレ内が負圧の状態になると排水管内のガスを引っ張って吸い上げてしまうことがあります。

マンションの排水管と
排水管内ガスが移動するイメージ

さらに大便器のトラップの封水が便器の不良などで破られ易い状態だったとしたら大便器から排水管内のウイルスを含んだ飛沫が大量に逆流してくる可能性はあります。

321人の感染者を出したという事実を見ると、このような不具合が起こっていたのではないかということが予想されます。

現在の日本国内のマンションの計画はそこまで杜撰なものはないので同じようなことが起きる可能性は低いですが、施工時に室内やトイレ内が負圧になり過ぎないか、各器具のトラップは問題なく機能するかなどは確認しておく必要があります。

たとえSARSウイルスの飛沫でなくとも、大便器からかなりの量の飛沫が飛んでくるとしたら、それはよくないので…。

個人的には変化が多く成長を感じた一年だったが今年はよい一年だったとは言えないのが残念

いろいろあったなと思います。昨年末に2人目の娘が産まれて、さあこれからもうひと頑張りと思っていたのに建築士の試験の結果は不合格だし健康診断でおかしな結果が出たので再検査したら前立腺癌疑いという結果は出るし…。

結局、前立腺から細胞組織を取り出す検査までしましたが、癌細胞は見つかりませんでした。

なのですが癌マーカーの値は下がらないままなので癌疑いということで現在も月に1回くらいの頻度で通院していますよ….。

いま感じていることをいろいろ書いてみます。

朝イチの海 きれいです

そんなに寿命は長くないと思い、今すべきことの優先順位を考えた

癌疑いと言われた時に、ああ、もしかしたら転移していて数年の命かもな、というのは思いました。

その時に明確に試験勉強はすぐやめようと決めました、タイミング的にも40代半ばで難易度の高い資格への挑戦というのはかなり無理があると感じていました。

家族も増えて、そんなに時間に自由がきくわけでもなく仕事も決して暇でもなければ気を抜いてできるような内容のものでもない。

遅きに失する、そういうことだと思っています。

製図の試験で感じたのは、肉体的な衰えと思考する速さの衰え、そして記憶力の衰え、適応力の衰えです。

では、そんな衰えた自分がいまできることは何か。

まずはいまの仕事をしっかりやること、これまで自分が積み重ねたものをアウトプットしながら会社の利益に繋げること、売上のような実利のことだけではなく広い意味での利益をもたらしたいと思ったのと、休日などオフの時間は家族と過ごす時間を大事にすること。

海にも行きたいと思いました、試験勉強の間それこそ1年以上、大好きなサーフィンを我慢していたので。

残された時間がわずかだとしたら試験勉強の優先度はかなり低い、それが自分の出した答えでした。

仕事で新たな展開が見えてきた

詳しいことは書きませんが、仕事で新しい目標とちょっと面白い新たな展開が見えてきました。

会社からチャンスを与えられた、ということだと思っていて、数年後から5年後にはいいところまで持っていければ、と言うか必ず形にしなければならない、そう思っていま動き始めています。

まあ、5年後まで生きているのかよくわかりませんが、やれるところまでやってやろうかということです。

情熱を失っていないことが周囲にわかってもらえればチャンスは必ず巡ってきます、あるいは自分でチャンスを作り出すかです。

ブログは建築設備の技術的な内容を書くのは実はかなりしんどいけど

このブログ、当初は設備屋さんが書く雑記ブログという感じで始めましたが、ある時点からは建築設備の設計、計画、施工のかなり専門的なところまで踏み込んだ技術的な内容をメインで書くように変えました。

技術的な内容を書くとなると、ある程度正確さが求められるので書きながら教科書や施工マニュアルや、あるいはネットで確認作業をしながら書き進めなければならなかったり、説明のために必要になるイラストのような資料も作成しなければならないので、ちょっとこれ面倒くさい感じになってしまったと思っています。

ですが、書きながらこれまで学んできた知識が自分の中で整理されてさらに理解が深まっています。

たぶん、書いている自分が一番勉強になっています。

新型コロナ騒動はインフォデミックであり科学を無視した社会問題

あとは、この話題です、新型コロナ。

このブログを隅々まで読んでいる方はいないと思いますが、以前のブログを見てもわかる通り私自身はこの新型コロナ騒動というのはかなり冷めた目で見ています。

インフルエンザとの比較を冷静にすれば新型コロナの毒性の弱さは一目瞭然なのになぜここまで騒ぐのか、さっぱり意味がわかりません。

12/30で陽性者数3845人(東洋経済オンライン)ですがインフルエンザは例年感染者数1000万人ですから365日で割り算すると1日あたり2.7万人感染者が出ていました。

新型コロナは3845人の陽性者数です、これは感染者ではないです。

無症状の方もかなり含まれているはずです。

いつから陽性者=感染者になったのかも謎ですし、定義をはっきりさせていないまま数字が一人歩きしているように感じています。

インフルエンザのときの感染者数は症状が出て医者にかかった方の人数をひろっていますから現在の新型コロナ陽性者数3845人で増えてますと言われても、それはインフルエンザの時の1日2.7万人よりだいぶ少ないし、しかも陽性者数と感染者数がごっちゃになっているのもおかしい話で単純に比較すらできないはずです。

ウイルスに曝露した状態があります。これはウイルスにさらされた状態でまだ細胞内に侵入する前の状態でこの状態でも陽性反応はでます。

ウイルスの感染とはウイルスが細胞内に入り込んで増殖し始めたら感染と言います。

つまり、感染者数は陽性者数より少ないはずです。

また、インフルエンザは1日2.7万人の感染者がいたはずというのも平均値であって空気が乾燥して気温が低い冬場はもっと多かったはずですから感染者数もインフルエンザの時の1/10以下と予想されます。

ツッコミどころがあり過ぎるんです、この新型コロナ騒動は。

このような話がいっさいテレビで出てこないのがおかしいのです。

そして、この困難をみんなで頑張って乗り切ろう、みたいな話が出てきてもシラけるだけです…呆れて見ています。

ということで、Twitterでは新型コロナが弱毒などと書くと最悪、アカウントを消されることもある?ような言論封殺状態らしいのでこのブログもTwitterからは見れないことになるかもですね。

フォロワー数がかなり少ないので、そんなに影響ないと言えばないからよいのですが、問題は言論の自由が奪われているという部分です。

Googleもそういう傾向があるらしいので私の書いたコロナ関連文章は消されたりするのかな?

あと数分で年が変わってしまうのでこの辺にします。

読んでいただいた皆さんありがとうございました!来年もよろしくお願いいたします。

「鬼滅の刃」は面白かった〜「マスクの呼吸」でくもるメガネ〜

いま大人気の「鬼滅の刃」の映画を先週、娘と一緒に観てしまいました。私も娘もほぼ予備知識ゼロ。娘は学校でも話題になっている映画を観れるのではしゃいでいました。

期待していませんでしたが観てみたらかなり面白かったです。

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予備知識がなくても楽しめる

予備知識が全くないと楽しめないというネットの何かの記事を読んでいたので先に漫画の単行本で予習しようかなと思いましたが、そこまで興味のないマンガ本を買ってつまらなかったら映画を観る前に気持ちが萎える可能性もあるのでやめておきました。

でも、それは杞憂に終わりました。

かなり面白かったです、泣けるシーンもありました、煉獄さんが力尽きるシーン。

あれは泣かせるように作ってます。

そして、まんまと涙をちょちょぎらせてしまったところを不覚にも娘に見られてしまったという…なんか子供ってそういうとこをちゃんと見ていますよね。

予備知識があれば確かにもっと楽しめたかもしれません、細かいことをいうと所々で頭の中に「?」マーク出てました。

これから観に行く方で鬼滅の刃の漫画を読んだことがない方は、劇場版鬼滅の刃無限列車編公式サイトで登場人物の名前やあらすじを確認しておくと少し話がわかりやすくなると思います。

少年ジャンプで育った世代はかなりハマる要素あ

私は小学生から中学生のときにかけて黄金期の少年ジャンプを読んでいた世代にあたります。

ドゴラゴンボールは初回から読んでいました、キン肉マン、北斗の拳、キャプテン翼、聖闘士星矢、ジョジョの奇妙な冒険、シティハンター、魁男塾、ハイスクール奇面組、少年ジャンプに掲載されるすべての連載が見逃せませんでした。

鬼滅の刃で登場人物が繰り出す「水の呼吸」や「火の呼吸」により繰り出す必殺技はカッコいいです、単純に。

それとアニメの表現の進化もすごいです、必殺技を出す時の迫力あるシーンは見ごたえがありました。

ジョジョの奇妙な冒険で波紋法という技があって、あれもたしか呼吸の仕方で波紋というか波動みたいなものを繰り出して敵を倒していました。

ジョジョは大好きでそれこそどハマりしていたのでそれを思い出しました。

いつの時代もヒーローは自分の命をかえりみずに敵に立ち向かっていく勇気を持っている者です。

右の人が煉獄杏寿郎(れんごくきょうじゅろう)さんです、ものすごいカッコイイです

このコロナ騒動の最中にこの映画が受け入れられる理由はそういうヒーローを期待する気持ちの現れでしょうか。

巷にはコロナを無駄に怖がる臆病者といたずらに恐怖を煽るマスコミをはじめとする卑怯者が溢れかえっていますから。

「マスクの呼吸」

過去のブログを読むとわかると思いますが私は新型コロナ騒動については冷めた目で見ていて、正直、アホらし過ぎて付き合いきれないというのが本音の人です。

なのですが公共の場ではマスクはしています。

していないと入れない施設もありますし、その場のルールであれば従うスタンスなので飛行機が飛ばないとわかっていてそれでもマスク拒否するほどのポリシーはありません。

でもあの飛行機マスク拒否乗客の方は問題提起をしたという意味で、私はありだと思っています。

最近また飲食店がどこかにマスクなしで入店してもめたとかなにか話がありましたが悪ノリでやっているのであれば、それは良くないですが。

映画館もマスクをしていないとダメな雰囲気は漂っているのでしていきましたよ。

そして40代になってから目が悪くてなってしまって映画を観るときはメガネをしています。

マスクとメガネ、この組み合わせで何が起こるかというと…

メガネがくもります。

「マスクの呼吸」はかなりマスクから漏れています。

くもってしまってせっかくの「鬼滅の刃」が見えないのでは意味がありません。

そこで私はどうしたか?

マスクをアゴまで下げました。

今はマスクを外している人は不良扱いです。

アゴにかけているだけでもかなりワルに見えたのではないかと思います。

しかし私は映画を快適に観ることのできる自由を得ることができました。

新型コロナに自由や文化を奪われてはいけません。

子供が「鬼滅の刃」を観たいと言ったら

いま感染者が増えているとのことですが感染者数が増えるのは当たり前です。

以前よりPCR検査数自体が増えていることが理由として一点あります。

あとは、寒くなって空気が乾燥してくると鼻や喉の粘膜も乾燥しやすくなり体内に異物が侵入しやすくなるからです。

冬になると風邪をひきやすくなるから気をつけましょう、という毎年言っていることです。

再び自粛の話も出ていて、いろいろなところに行くことを制限される雰囲気もありますが基本的人権の中で行ったり来たりする自由は確保されています。

本来、法的な拘束力のない要請レベルの話で行動を制限される筋合いすらないと私は考えていますが

日本では村社会的な同調圧力で抑えてくるという独特の雰囲気が出来あがっています。

でも子供が「鬼滅の刃」を観たいと言っていたら、周囲の騒ぎは気にせずに是非、映画館に連れて行ってあげてほしいです。

この映画、面白いですから子供もきっといい思い出になると思います。

それに新型コロナは子供には優しいウィルスです。

東洋経済オンラインより  
11/25時点の陽性者数の資料でグラフをタップすると重症者と死者数もなどの数値も表示されます。
10歳未満は死者数、重症者数ともに0名
10代では死者数0名、重症者数1名です。

公表されている資料をつぶさに確認していけばそれだけで新型コロナの正体は見えてきます。

11/25時点で10歳未満は死者数、重症者数ともに0名 10代では死者数0名、重症者数1名です。

「幽霊の正体見たり 枯れ尾花」とはよく言ったものです。

子供達は普段と同じように勉強して遊んでのびのびと暮らしていて問題ないというのが私の考えです。

最近の私の口癖は「新型コロナは子供より弱い」です、よく娘に言っています。

この状態が続く限りはまだまだ飲食店などの倒産やそれに連動した自殺者数は増え続けそうです。

自殺者数が増えているという事実にはちょっと心を痛めています、というかものすごい怒りすら感じています。

コロナを必要以上に恐れる臆病者と恐怖を無駄に煽るマスコミを中心とした卑怯者達に対してこのブログはあまりにも無力ですが

それでもここにこうして書き留めておきます、数年後にいま言っていたことを検証できるように。

数は少なくてもよいので共感してくれる方がいることを願って一旦、筆を置きます。

カミュ「ペスト」日常を愛せない人 コタール

カミュ「ペスト」の登場人物の中に異常な人がいます。ペストが流行している最中は気持ちが安定していたが、流行が終わりそうになるとまだペストの禍いが続くことを祈るかのような発言をします。いつの時代、どこにも、世の中の不幸を喜ぶ人間は存在するようです。

ペスト流行なのに気分上々

「ペスト」に登場するコタールという人物は、はっきりどのような罪を犯したか書かれていないのですが、おそらく、殺人に手を染めています。逃亡している身として描かれますが彼はペストが流行する前に自殺未遂騒ぎを起こします。幸か不幸か知人のグランに発見されてして一命を取り止めます。

オランでペストが流行し始めて人々が混乱する中でなぜかコタールは気分が次第に上がっていきます。彼はペストが流行したことを明らかに喜んでいます。コタールについての描写を読むと彼がなぜこの状況を喜ぶのかわかります。

「コタールのように全ての人々が、ひょっとすると密告者であるかもしれぬと思いながら暮らしてきた人間には、ペストが今日か明日にも彼らの肩に手をかけるかもしれず、ひょっとすると、こっちがまだ無事息災であることを喜んでいる瞬間に、そうしかけているかもしれない、という考えのなかで生活している人々に対しては、こっちも結構仲間同士のような気持ちでいられる。」

要するに自分が置かれた悲しい状況にみんなも陥っている。周りの人がみんな悲しい状況になって自分と同じになった、この状況ずっと続いてほしいな、これがコタールの本音ということです。

現代にもいる世の中の不幸を喜ぶ人

あまりにも考えていることがバカバカしくて呆れますが、わかる気もする心理ではあります。自分自身がうまくいっていないときに幸せそうな人達を見ると羨ましく思うのと似ていると言えば似ています。

このコタールの描写を読んでいるときに私が思ったのは、メディアで新型コロナの恐怖を煽ってきた人達のことです。2週間後には日本もイタリアやニューヨークになりますとか、死者数が急増して医療崩壊するなど予想して外した専門家やコメンテーターはこの騒ぎを煽って楽しんでいるのではないかと。視聴率さえとれれば報道する内容はなんでもいいということなのかわかりませんが、実際、死者が指数関数的に増加したらこの予想をした人は自分の予想に近づいたと内心は喜ぶはずです、表面上は死者が増えたことを悲しむように取り繕いながら。

現実の日本の方がたちが悪いのは、存在しない脅威をメディアが煽り、影響された視聴者が過剰反応し、さらには目立ちたい都知事や県知事などの指導者までがこのブームにのって自粛を呼びかけて経済にブレーキをかけ続けていることです。

騒ぎを大きくしておきたい人達の心の中に何が潜んでいるのかは、わかりません。コタールのように過去に殺人を犯したうしろめたさをかかえているわけではないと思いますが、何がそうさせるのか、本人も気付かないコンプレックスがそうさせているのかもしれません。

カミュ「ペスト」痛烈なキリスト教批判

「ペスト」を読んでいるときに全体を通じて感じるのはキリスト教に対する批判的な思想です。私はキリスト教徒ではないのですが、そこまで言うか、と思えるくらいのセリフも見られます。

パヌルー神父のありがたい?説教

14世紀にペストが大流行した時にキリスト教会への不信が広がりマルティン・ルターの宗教改革につながっていきました。ペストの猛烈な禍いの前にキリスト教という信仰はなすすべもなく、生き残った信者の心を救うことも困難だったということかもしれません。

カミュの「ペスト」でもキリスト教の無力が描写されます、これでもか、というほどに。パヌルー神父はかなり影響力のある神父さんとして登場します。その説教の様子は迫力があり聞きにきている人も雰囲気に飲み込まれていきます。しかし、その内容は懸命に生きたいと考える人間にとっては受け入れ難い内容でもあります。このペストは天から与えられた罰だと説教します、そして運命を受け入れなさいと。

一方で信者たちの中に私達は敬虔なキリスト教徒だからペストなんかにかかるわけがないと本気で言っている人がいます。側から見ればそれらはすべて思い込みでしかないのですが、私達は罰なんか受けるはずがないと、彼らはそう考えているということです。ある意味幸せな人達ですが、人として思想するということは放棄している状態と言えます。

感染症によっては子供はかかりにくいものもあり致死率も年齢別で違いがあったり、いろいろですがペストは大人も子供も関係なく襲いかかる最もたちの悪い感染症のひとつです。この小説中にペストに襲われて死んでしまう子供の様子が鮮烈に描写されます。血清に最後の望みを託して主人公の医師タルーが子供に注射をします。効果は亡くなるまでの時間が少し伸びたくらいのもので、子供が苦しむ様子はかわいそうになります。この描写は読み進むのが辛いとすら感じます、特にまだ小さい子を持つ親としては胸をえぐられるような感覚になります。

たじたじのパヌルー神父、医師リウーは神を信じない

この亡くなった子供に何か罪があったのか、いや何の罪もないでしょう。主人公の医師であるリウーはパヌルー神父に怒ったように言います「まったく、あの子だけは、少なくとも罪のない者でした。あなたもそれはご存じのはずです!」

パヌルーは言います「どうしてあんなに怒ったような言い方をなさったのです。私だってあの光景は見るにしのびなかったのですよ」

「どうも済みませんでした。もう一度おわびします」「あんな癇癪はもう二度とおこしません」リウーは言いました。

まあ、確かにパヌルー神父にそんなに怒っても意味はないので、かなりリウーも取り乱していたということですが、このやり取りかなりシリアスな場面なのにちょっと笑ってしまいました。でもリウーは最後に強烈なセリフを放ちます。

「僕が憎んでいるのは死と不幸です。それはわかっているはずです。そうして、あなたが望まれようと望まれまいと、われわれは一緒になって、それを忍び、それと戦っているんです」

リウーは神は信じていないこと、死を罪として受け入れることは一切拒否して戦う意思を明確に示しています。強烈なキリスト教へのアンチテーゼを示します。カミュはこの小説のひとつの大きなテーマとしてキリスト教批判を掲げていたはずです。でなければここまでのセリフを主人公に言わせないでしょう。なんか、カッコいいなと思ってしまうのは私だけでしょうか。

一方でそこまで神父さんの前で言わんでもいいやんけ、と思う自分もいます。もうちょっとやんわりと言うとかできないものかと。まあ、こういう主張ができるのは、それだけフランス人達は個が強く日本人とは違うメンタルを持っているということかもしれません。

カミュの「ペスト」は読後感がさわやかでした

純文学というものをあまり読むことがなく、作家が繰り出す独特の言い回しなど理解しながら読むのがなかなか難しく感じたりもしますが、カミュのペストは読後感がさわやかでした。

都市封鎖の中で戦う人々

1940年代のフランス領アルジェリアのオランという都市が舞台です。読み始めたときは実話を元にしているかと思いましたがこの話は全編フィクションです。

ペストに襲われたオラン市は封鎖されます。家族や恋人との突然の別離を宣告され、日々死者が増加する中、希望を見失ってしまい自暴自棄になってもおかしくない状況の中で戦う人々の姿には凛々しさを感じます。

印象に強く残ったのは新聞記者ランベールの変化です。市が閉鎖された当初はどうやってオラン市から抜け出すかだけを考えている人物でした。彼はもとも市の外に住んでいて恋人と別離状態になってしまったため、なんとしても帰りたいと思うのは自然なことです。

心を優先させたランベール

ランベールは市の外へ出られるよう便宜をはかってくれるという人物に何度も約束をすっぽかされて結局、市の外に出られないことを悟った時に主人公の医師であるリウー達の活動、ペストに罹ってしまった人たちの手当てを手伝うための保健隊と行動を共にすることを決意します。リウーを手伝ううちに彼の考えは変化していきます。彼の中にあった公心が明らかに大きな存在となっていく様が読み取れます。もし彼と同じ境遇になった時に彼と同じセリフが言えるかどうか…。

「もし自分が発って行ったらきっと恥ずかしい気がすることだろう。そんな気持ちがあっては向こうに残してきた彼女を愛するのに邪魔になるのに違いないのだ」

「自分一人が幸福になることは、恥ずべきことかもしれないんです。」

「僕はこれまでずっとこの町(オラン)には無縁の人間だ、自分には、あなたがたはなんのかかわりもないと、そう思っていました。ところが、現に見たとおりのものを見てしまった今では、もう確かに僕はこの町の人間です、自分でそれを望もうと望むまいと。この事件はわれわれみんなに関係のあることです。」

キン肉マンで悪魔超人が正義超人に鞍替えした時に、無性に嬉しくなるあの感じを思い出してしまいました。バッファローマンが正義超人に??のような。

その他にも、この人たちカッコいいなと思える人物、これはイカんなと思える人物、いろいろな個性を持つ人たちが登場する群像劇となっています。

次回ももう少し「ペスト」について語らせてください。

暑過ぎてマスクを外したいのだけど…

いろいろ書いてはいますが、私も出かける時にマスクはしています。していないと入店できない店もありますし世の中にはいろいろな考え方の人がいるので基本的にマスクはして出かけています。でもこんなに連日暑い中マスクを強要するこの雰囲気にはちょっとまいったなというのが本音です。

子供たちはプールで必死に遊んでいる

東京のGO TOキャンペーンは無くなりましたが子供が短い夏休み中なのでなにか思い出に残ることを、と思って山梨までぶどう狩りに行きました。ぶどう園の係員の方達はみんなマスクをしていました。ぶどう狩りのルールについても皮を入れる袋を1人1人別々で使用してくださいなど新型コロナ対応のルールも説明して、いろいろルールが増えてしまってすいませんと笑っていました。ぶどう狩りのあと屋外プールのある施設にも寄って子供と遊んできましたが、このプールでは子供たちがもう新型コロナなど気にせずに大はしゃぎしていました。まわりで見ている大人達もほとんどの人がマスクをしていません。感覚で1割の人がしているかどうか、という様子でした。本来、これが普通なんだろうなと思いました。帰り道の高速道路で夕立ちに打たれたあと虹がかかりました。「虹だよ」と妻が指差して6歳の娘に言うと「あ、綺麗!」と喜んでいました。

新型コロナ死者数の推移確認

東洋経済オンラインで最近の新型コロナによる死亡者数を確認すると8/13に10名、8/14に12名、8/15に3名となっており、やや増加という傾向に見えます。

8/16までの死者数累計1088名。これを多いととらえるか少ないととらえるかですが、インフルエンザとの比較で考えてみます。厚生労働省のページからも季節性のインフルエンザでの死亡者数は推計で約1万人です。感染者数については推定1000万人です。よってインフルエンザよりは少ないと言えます。

厚生労働省のHPより

また、アメリカでの死者数はここ数日は1日あたり1000人前後つまりこれまでの日本での死者数が1日で亡くなるような数で推移、アメリカの人口は日本の3倍程度なので日本で1日に300人が亡くなっている感じになっているということです。アメリカでの死亡者数の累計は8/16まで169481人、17万人に達するかというところです。

日本においてはインフルエンザよりもその影響は緩やかで、アメリカをはじめとした欧米諸国よりも圧倒的に死亡者数が少ないというのが現実です。

各国の死者数8/16まで Our World In Dataより

欺瞞に満ちた言葉

8/16までの状況を簡単に数字で確認しましたが、日本の現在のこの状況でマスクをここまで強要する必要性があるのか私にはわからないし、帰省の自粛を要請したりGO TOキャンペーンから東京を外さなければならないほどの事態ではないと私は思っています。データを示して簡単にですが理論を組立てながら話をしているのは、ただ悪のりして言っていると思われたくないからです。この騒ぎをひたすら茶化すこともできるかもしれませんが、それだけだとただ文句を言いたい人に見えてしまうかもしれないので。

オンライン帰省という言葉が嫌いです。欺瞞に満ちている言葉に感じるからです。妻と娘がLINEのビデオ通話で地元の母親と話をして楽しそうにしているのは日常の光景です。今年は帰省しないでオンライン帰省しましょうって、それは帰省とは言いませんからオンライン帰省ではなくてただのオンライン通話です。ただいつものようにビデオ通話をしているだけのことです。地元に帰って同じ空間で同じ時間と体験をリアルで共有できなければ意味がありません。それはオンラインではできません。やりとりできる情報量がスマホやパソコンの画面を介してでは少な過ぎます。ステイホームやニューノーマルという言葉も政治的な香りのする欺瞞に満ちた言葉だなと思っています。両方とも人の自由を縛るための言い訳に上手いこと使われている言葉に見えます。

この騒動によって子供たちの教育の機会や楽しい思い出を作る機会、貴重な体験をする機会が奪われていることについて新型コロナ怖いと叫ぶ人たちはどう考えているのか不思議になります。甲子園の中止に至っては、もし自分が甲子園出場を目指している高校球児だったら一生この社会と大人達に対して怨念を持ち続ける可能性すらあります。

2019年の交通事故死者数は3215人でした。でも車に乗るなという人や道路を歩くなと言う人はいません。なぜ新型コロナだけこんなに騒いでいるのかまったく私には理解できないのですが…。ワクチンがないから、は理由になりません、インフルエンザはワクチンがあっても関連死込みで年間10000人直接死で3000人です。これから新型コロナによる死者数がガンガン増えるのかというと、それもあやしい。かなり弱毒化している可能性があって何万人も死ぬようなピークがこれから日本にやって来るとは思えません。日本のピークはグラフを見る限りでは感染のピークは4/10の陽性者数708名のあたりです。その後1ヶ月ほど遅れて5/8に死者数49名のピークがあります。それ以降はグラフの形を見る限りではピークアウトしています。私は専門家ではないのでこの認識が正しいのかわかりませんが、素直にグラフを読み解くと、そう解釈できるのではないかと思います。

いま、感染症に関する本などを時間が許す限りで読んで勉強しています。仕事もあるのでそんなに読み進まないのですが。この新型コロナ騒動についてはもう少しいろいろ書きたいと思っています。