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新型コロナ騒動をさらに考察〜4〜自由と文化を奪われるな

新型コロナの話題で4回連続となると、もうこのブログは何がメインテーマなのかわからないくらい霞んでしまいましたが今週も書こうと思います。

今回は自由や文化についてです。

新型コロナ騒動に自由を奪われてしまっています、そして文化的な活動も萎縮しています。

コンサートや観劇などが制限されているこの状況はまったく面白くありません。

mohamed_hassan によるpixabay よりの画像

縛りたがる人達

感染症法改正で入院を拒否したら50万円以下の過料を、濃厚接触者の調査を拒否したら30万円以下の過料を支払わなくてはならないということになりました。

何が問題かというと、陽性でも無症状で普通に生活できる人達の行動までも縛られてしまうことです。

新型コロナに関しては毒性の弱さから、無症状者の行動まで縛る必要はないと私は考えています。

インフルエンザの時はこのような決まりはなくとも毎年、手洗いうがい必要に応じてマスク着用などの対策で1月末から2月頭の感染のピークが過ぎれば集団免疫ができて自然に収束していました。

なぜ、インフルエンザよりも弱毒の新型コロナに対してこのような法律が必要なのでしょうか、理解に苦しみます。

一度できてしまった法律は悪法であってもその撤廃をするのは簡単ではありません。

また、日本の場合は法律で決まりを作らなくとも「要請」だけすればかなりの強制力を発揮してしまうのも問題です。

小池百合子都知事が出した御触れ?でしょうか、20代と30代の若者に対して、昼も夜も外出は控えてください、飲み会はナシ、家で友人との飲食もナシ、職場の送迎会や仕事の打ち上げもナシ、スポーツ観戦や映画などイベント後の会食・飲食もナシ、カラオケ・ゲームセンターも控えて とのこと。

なんの科学的根拠と権限があってここまで人の行動を縛ることができるのでしょうか。

2月の初旬の都知事記者会見で出された要請
学級会で決めたことなのか?ギャグなのか?小池百合子のパフォーマンスに付き合わされる若者の気持ちは無視でしょうか

これをすることが科学的に感染者の減少に本当につながるという証拠はあるのでしょうか。

なぜ20代と30代のみを対象にこの要請が出たのでしょうか、警戒すべきはむしろ60代以上の方ではないのか、高齢者の方にはなぜ外出のナシナシ要請は出さないのでしょうか、これは若者差別ではないでしょうか。

このような要請を出した場合にカラオケやゲームセンターの営業妨害になると思われるが、それは問題ないのか。

そもそも、これほど弱毒の新型コロナに対してこの要請は不要です。

たちが悪いのは、これが法律ではなく要請であることです。

要請というのは法律ではないので強制性がない、つまりこの要請に従った場合は各個人の判断で従ったとみなされます。

個人の判断で勝手に従ったことなのでこの御触れによって被った実害があったとしても東京都はなにか補償する必要もないということになります。

これがまかり通っていること自体が大問題ですが、このような指摘をする人が少数派というのもまた問題です。

このような要請は憲法13条の「個人の尊重・生命・自由・幸福追及の権利の尊重」などに反する可能性があります。

憲法は権力者の暴走から国民を守るために存在していますので、よく憲法を確認して人権が侵されているレベルであれば国や都を訴えることも可能なのです。

文化を破壊するコロナ脳

ロックミュージシャンというのは反骨精神の象徴だと思っていましたがステイホームを訴えるミュージシャンが出てきたときはズッコケました。

4月頃にネットかなにかで見た記事の記憶なのでこれだけ長い期間まともにコンサートやライブが開催できない状態が続いている現在、そのミュージシャンが何を思うかはわかりませんが、最近はステイホームを叫ぶ芸能人は明らかに減りました。

まあ、マスクもつけずにドラマ撮影してステイホーム叫んでるわりには芸能活動というのがリモートワークでは成立しない仕事だからガンガン外に出ている、そういった現実のためにステイホームがトレンドから外れていったのでしょうね。

所詮はステイホームすらトレンドで言っていた言葉に過ぎないのです。

しかし、その破壊力は恐ろしいほどです。

昨年春に中止になったライブが今年の春、また中止になっています。

ネットでライブの配信をしてなんとか食いつなげるのは一部の大物ミュージシャンなどだけでエンターテイメント業界全体が大きな影響を受けています。

経済が庶民の生活の源であるとすれば、文化は庶民の心の豊かさを育むものであり、両方とも人が生きていく上で重要なものなのですが、新型コロナという弱毒のウイルスのためにこれだけの犠牲をはらう必要性があるのか考える必要があります。

新型コロナ恐いと言うマスコミをはじめとするコロナ脳の方たちは、自分たちが文化を破壊しているという自覚がないのだと思います。

また、文化が失われても知ったことではなく、とにかく自分が新型コロナにならないことを願う人達、それがコロナ脳の人たちの本質です。

なんでインフルエンザの時は騒がなかったのでしょうか?

「新型コロナだから恐い」と騒ぐこと自体がおかしな話だと気づかない、それがコロナ脳なのでしょう。

自由はいとも簡単に奪われていく

自由は権力などによって簡単に奪われていくものです。

わかりやすい例をあげるとすれば中国の香港民主派の活動家に対する姿勢です。

アグネス・チョウさんが有罪とされて収監されるというニュースを聞いた時にやはり中国という国に自由はないと再認識しました

これは特定の活動家に対してではないか、という反論があるかもしれませんが中国はチベットの先住民の虐殺という侵略的行為をこの時代にやってのける国であること、天安門事件の事実隠蔽をする情報操作をやってのけてしまう国であることから人権に対する配慮自体がそもそも欠如していると考えられます。

当然、そこに暮らす国民に真の自由はあるはずがありません。

日本の話に戻って、感染を防止するという名目でできた50万円や30万円の過料を課す法律もまた、公的権力が国民の自由を制限するものです。

感染を防止するためだから仕方ないのでしょうか?

これを仕方ないと思うのは思考停止していることを意味します。

なぜなら、新型コロナは弱毒ですからここまでの法律が本当に必要かどうかが精査されないままに国民の権利を狭める法律が成立してしまったことには問題があるからです。

ワクチン接種する、しないの自由

日本でのワクチン接種もそろそろ始まるようです。

ワクチン接種のする、しないの選択は個人の自由です。

ワクチンの接種については医療従事者であってもそれを強制することはできないし、接種しない人を差別するようなことがあってはいけません。

理由はいくつかあります。

まず、今回のワクチンは短期間で作られたもので通常の試験期間を短縮して実用化しているのでいわば、これから人体実験が始まると言っても過言ではない状態であることが1つ目の理由です。

もう一点は、これは日本などの新型コロナの感染者や死者数が少ない国で言えることですが、そもそもワクチンを接種するほどの事態でもなく、毒性の弱さから考えると通常の感染して免疫を獲得していくという考えで十分対応できるであろうと考えられるため、です。

ちなみに私は接種する気はありません、歯医者に行くのがめんどくさいというレベルの感覚で行きません。

それで新型コロナにかかったとしてもまったく後悔などしません。

その時は、ああ、罹ってしまったなと思うだけです。

そんなことより、弱毒の新型コロナにビビって自由と文化を奪われているような今の状況は本来あってはならない事態です。

1日も早く、通常に戻ることを願いつつ新型コロナのことを1ヶ月にわたっていろいろ書いてみました。

いろいろな本を読んだりネットでも調べて組み立ててみてはいるのですが、読む人によっては素人が何を言っているんだと一蹴されてしまうかもしれませんね。

たぶん、このテーマでまた書くことはあると思います、収束したとしても検証すべきことは残っていると思われるので。

本の紹介

以前のブログで読書感想文を書きました。カミュ ペストは読後感が爽やかでした この日本の新型コロナのゆるい状況と比較にならない状況が描写されています。

憲法の本質は国家権力を縛ることにあることが書かれています。巻末に憲法の条文が掲載されているので使い勝手がよいです。

新型コロナ騒動をさらに考察〜2〜 PCR検査を拡大しても感染を抑えることはできない

いま熱があったらPCR検査、あるいは症状がなくても自主的にPCR検査を受ける方もいるようです。

しかしPCR検査とはいったい何を調べているものなのか、本当にPCR検査をみんなが受ければ安心を得られるのでしょうか。

マスコミによる一方的な情報は正しいのか考えてみます。

mohamed_hassan さんによるpixabay よりの画像

コロナウイルスは1種類ではないがPCR検査でどのコロナが検出されているかまではわからない

PCR検査とは何を知るための検査なのか?というと特定の遺伝子のウイルスが検査の対象となる人の体内に存在するかを調べるものです。

しかし完璧に新型コロナの感染者を特定できる検査方法ではないようです。

コロナには旧型コロナ4種類とSARS MARSがあることが知られています、また新型コロナも武漢型から少し変化しています。

新型コロナウイルスを特定するには厳密に言えば、ウイルスを形成する3万個の遺伝子配列全てが一致しなければなりません。

しかしPCR検査では3万の遺伝子のうち200~300個の配列の一致しか確認できません。

それでもこの200~300個の配列が一致した場合は陽性という検査結果が出ます。

よって、陽性という結果が出たとしてもそれが旧型のコロナのものなのか武漢型なのか変化した新型コロナなのかはわかりません。

旧型の4種類のコロナは感染症の指定すらありません。

どのコロナなのかあいまいであるにも関わらず陽性であれば感染症2類相当の扱いをされて新型コロナ陽性者と認定されているというのが現実です。

PCR検査サイクル数40の場合はわずかな遺伝子の残骸も検出してしまう

また、サイクル数というものがありますが、この値によって検査結果に違いがあるということが知られています。

PCRというのは数少ない遺伝子を検出可能な数にまで増幅させてその存在を確認する方法ですが1サイクルで2コピーされる、2サイクルで4コピーされます。

では30サイクルではコピーはいくつかというと1,072,741,824コピーです。

約10億コピーです。

40サイクルだと1,099,511,627,776 約1兆コピーです。

新型コロナ専門家を問い質す より抜粋

しかしサイクル数があがるほど検出する確率が上がるからよいのではないか、ということではないようです。

アメリカではPCRの製造メーカーや検査機関が独自の基準を設けて37~40サイクルで検出しているがこのサイクル数だと感染後体内で退治されたあとのウイルスの残骸まで検出して陽性としてしまう可能性が指摘され、これは人が立ち去ったあとの部屋でその人の髪の毛を発見しているようなものだと言われています。

ニューヨークのワーズワース研究所ではニューヨ-クタイムズ誌から要請を受けて調べた結果、2020年7月に40サイクルで陽性とされた872人のうち35サイクルで43%が陰性、30サイクルで63%が陰性であったとのことです

日本でのPCR検査サイクル数の基準は40サイクルです。

この場合、無症状で30〜35サイクルであれば陰性の方も陽性と判定されて隔離となるケースがかなり出ている可能性があることがわかります。

本来、症状もなく感染させる可能性も低い人を隔離して社会的な活動を制限することには人権の視点から考えても問題があります。

カリフォルニア大学のウイルス学者ジュリエット・モリソン氏は合理的なサイクル数は30〜35サイクルだろうと述べています。

またフランス、マルセイユのメディテネラ感染症大学病院研究所の研究論文によれば34サイクル以上の患者からは感染性のあるウイルスは検出されなくなるとのこと。

死んだウイルスの残骸しか出なくなるということだと思われます。

逆に34サイクル以上の検査には意味があまりなく、そこまでやって検出されない場合は陰性と判断してよいのではないでしょうか。

PCR検査の精度

PCR検査の感度、実際にウイルスが体内に存在する人が陽性であるという結果となる確率は約70%程度と言われています。

30%はウイルスを保有していても通り抜けていくということです。

正直、私はこの検査、ザルだと思っています。

PCR推進して隔離を叫ぶ人達がこの事実をどうとらえているかわかりませんが、この確率で陽性者を隔離していったところでゼロコロナなど実現できるはずがありません。

例えば1m四方の板があったとしてその面積の30%の開口を作るとすると一辺は54cmの穴になります。

なぜこの検査でゼロコロナを実現できると思えるのかが不思議です。

PCR検査をして陰性が出れば社会生活も安心だと本気で思っているのでしょうか、検査したその次の瞬間に感染することもあり得るのに。

では、毎日検査するのでしょうか、安くなったと言っても検査1回3000円として30日間毎日検査したら9万円、偽物の安心のために毎月払う人がいるのでしょうか。

あまりにも馬鹿げた話だと常識の感覚のある人であればすぐに気づくはずです。

PCR検査で無症状の感染者も隔離してゼロコロナを目指そう!と言っているテレビのコメンテーターは狂っているなと思いながら見ています。

ユダヤ人を強制収容所に送り込んだナチスに近い感覚ではありませんか。

PCR検査数を増やしても感染者数を抑えることにはつながらない

PCR検査を増やしても感染者数を抑えられないのはあたりまえです。

あたりまえ過ぎて言う必要性があるのかわからないのですがPCRは検査方法であって治療法ではありません。

よって、検査を増やせば増やすほど陽性者の絶対数は増える減らせば減るという結果にしかなりません。

以前と比較して陽性者あるいは感染者が減っている傾向が見られるとしたら、それは検査のおかげではありません、隔離のおかげでもありません。

増える要因として考えられるのは冬になると空気が乾燥してウイルスが空気中に舞いやすくなることや喉が乾燥して粘膜の保護機能が低下するためウイルスが体内で増殖しやすくなるなどです。

感染者が減る要因はその逆の状態になるからです、つまり春、夏になれば陽性者、感染者は減ります。

ただそれだけです。

0.1μmのウイルスの侵入を人間が簡単にコントロールすることなどできないのです。

実際に検査数と感染者数のグラフを見ていきます。

検査数 日本
100万人あたり感染者数 日本

このグラフを見て私が読み取れるのは、検査数と感染者数は連動しているということです。

少なくとも検査数を増やせば感染を抑えられるという結果を読み取ることはできません。

これが現実です。

PCR検査は症状のある人の病名の確定と対処法の決定のために使うことに限定して無症状の人の検査は隔離のための検査であり混乱を大きくするだけで意味がないのでやめるべきです。

新型コロナとはどう共生していくか、それを考える必要があります。


本の紹介

コロナ論2 小林よしのり 著

マンガと思ってあなどってはいけません。マンガ部分以外のウイルスの専門家の宮沢孝幸准教授や医師の萬田緑平氏の対談もこの問題を考えるうえで参考になります。


感染症と文明 山本太郎 著

人類の生活が狩猟採集から農耕牧畜へと変化したために感染症と付き合う運命となったことなどが、菌やウイルスとの共生についての考察が書かれています。