暑過ぎてマスクを外したいのだけど…

いろいろ書いてはいますが、私も出かける時にマスクはしています。していないと入店できない店もありますし世の中にはいろいろな考え方の人がいるので基本的にマスクはして出かけています。でもこんなに連日暑い中マスクを強要するこの雰囲気にはちょっとまいったなというのが本音です。

子供たちはプールで必死に遊んでいる

東京のGO TOキャンペーンは無くなりましたが子供が短い夏休み中なのでなにか思い出に残ることを、と思って山梨までぶどう狩りに行きました。ぶどう園の係員の方達はみんなマスクをしていました。ぶどう狩りのルールについても皮を入れる袋を1人1人別々で使用してくださいなど新型コロナ対応のルールも説明して、いろいろルールが増えてしまってすいませんと笑っていました。ぶどう狩りのあと屋外プールのある施設にも寄って子供と遊んできましたが、このプールでは子供たちがもう新型コロナなど気にせずに大はしゃぎしていました。まわりで見ている大人達もほとんどの人がマスクをしていません。感覚で1割の人がしているかどうか、という様子でした。本来、これが普通なんだろうなと思いました。帰り道の高速道路で夕立ちに打たれたあと虹がかかりました。「虹だよ」と妻が指差して6歳の娘に言うと「あ、綺麗!」と喜んでいました。

新型コロナ死者数の推移確認

東洋経済オンラインで最近の新型コロナによる死亡者数を確認すると8/13に10名、8/14に12名、8/15に3名となっており、やや増加という傾向に見えます。

8/16までの死者数累計1088名。これを多いととらえるか少ないととらえるかですが、インフルエンザとの比較で考えてみます。厚生労働省のページからも季節性のインフルエンザでの死亡者数は推計で約1万人です。感染者数については推定1000万人です。よってインフルエンザよりは少ないと言えます。

厚生労働省のHPより

また、アメリカでの死者数はここ数日は1日あたり1000人前後つまりこれまでの日本での死者数が1日で亡くなるような数で推移、アメリカの人口は日本の3倍程度なので日本で1日に300人が亡くなっている感じになっているということです。アメリカでの死亡者数の累計は8/16まで169481人、17万人に達するかというところです。

日本においてはインフルエンザよりもその影響は緩やかで、アメリカをはじめとした欧米諸国よりも圧倒的に死亡者数が少ないというのが現実です。

各国の死者数8/16まで Our World In Dataより

欺瞞に満ちた言葉

8/16までの状況を簡単に数字で確認しましたが、日本の現在のこの状況でマスクをここまで強要する必要性があるのか私にはわからないし、帰省の自粛を要請したりGO TOキャンペーンから東京を外さなければならないほどの事態ではないと私は思っています。データを示して簡単にですが理論を組立てながら話をしているのは、ただ悪のりして言っていると思われたくないからです。この騒ぎをひたすら茶化すこともできるかもしれませんが、それだけだとただ文句を言いたい人に見えてしまうかもしれないので。

オンライン帰省という言葉が嫌いです。欺瞞に満ちている言葉に感じるからです。妻と娘がLINEのビデオ通話で地元の母親と話をして楽しそうにしているのは日常の光景です。今年は帰省しないでオンライン帰省しましょうって、それは帰省とは言いませんからオンライン帰省ではなくてただのオンライン通話です。ただいつものようにビデオ通話をしているだけのことです。地元に帰って同じ空間で同じ時間と体験をリアルで共有できなければ意味がありません。それはオンラインではできません。やりとりできる情報量がスマホやパソコンの画面を介してでは少な過ぎます。ステイホームやニューノーマルという言葉も政治的な香りのする欺瞞に満ちた言葉だなと思っています。両方とも人の自由を縛るための言い訳に上手いこと使われている言葉に見えます。

この騒動によって子供たちの教育の機会や楽しい思い出を作る機会、貴重な体験をする機会が奪われていることについて新型コロナ怖いと叫ぶ人たちはどう考えているのか不思議になります。甲子園の中止に至っては、もし自分が甲子園出場を目指している高校球児だったら一生この社会と大人達に対して怨念を持ち続ける可能性すらあります。

2019年の交通事故死者数は3215人でした。でも車に乗るなという人や道路を歩くなと言う人はいません。なぜ新型コロナだけこんなに騒いでいるのかまったく私には理解できないのですが…。ワクチンがないから、は理由になりません、インフルエンザはワクチンがあっても関連死込みで年間10000人直接死で3000人です。これから新型コロナによる死者数がガンガン増えるのかというと、それもあやしい。かなり弱毒化している可能性があって何万人も死ぬようなピークがこれから日本にやって来るとは思えません。日本のピークはグラフを見る限りでは感染のピークは4/10の陽性者数708名のあたりです。その後1ヶ月ほど遅れて5/8に死者数49名のピークがあります。それ以降はグラフの形を見る限りではピークアウトしています。私は専門家ではないのでこの認識が正しいのかわかりませんが、素直にグラフを読み解くと、そう解釈できるのではないかと思います。

いま、感染症に関する本などを時間が許す限りで読んで勉強しています。仕事もあるのでそんなに読み進まないのですが。この新型コロナ騒動についてはもう少しいろいろ書きたいと思っています。

リテラシーについて

リテラシーというと最近はネットリテラシーのことを言っていることが多いですが、自分の体験と紐づけてリテラシーとは何なのか考えてみます。

距離感がメチャクチャな地図

仕事の都合で役所に相談や打合せに行くことがたまにあります。給水の受水槽の容量などについて見解を確認するための打合せでした。千葉県内のとある市役所に行ったところ水道事業所というのがそこから離れた場所にあるとのこと。窓口のおばちゃんが地図を差し出してくれたのですがその地図を見た感じ、そんなに遠くないな、目的地まで5分くらい?という印象だったので「わかりました歩いて行きます、ありがとうございます」と言って去ろうとしたところ「歩いて行くとちょっと遠いかもしれませんよ…」と言うので「距離的にどれくらいですか?」と聞きました。しかし明確な答えは返ってきません。「あの…車とかで来られたのですか?」「いいえ、歩きです。」

で、結局はっきりした回答がないのでスマホでGoogleマップをチラ見して、なんとなく歩けそうな感じだったので「大丈夫です、たぶん歩けるので」と言い残して市役所を出て歩き始めました。

オチはだいたいわかると思いますが、歩き始めて少しして、この地図スケール感おかしくね?と気付きました。歩き始めてから5分はすでに経過して、でもGoogleマップを見た感じ行けそうな気がしたのでとりあえず歩を進めたわけです。そして交差点で左に曲がって信号機を目印にして歩いていたのですが、交差点の次の信号機の次、3つ目の信号機が無いな?と思って遠くに目をやったら霞んで見える信号機を発見しました。信号機を二度見してからスマホでGoogleマップをもう一度確認してみたところ3つ目の信号機まで600m程度あることがわかりました。そして信号機が赤なのを見て600m先の信号機って意外と肉眼で確認できるんだ…と感慨にふけると同時に、これは市役所から目的地まで全部で2kmくらいあるな…とそこでやっとわかりました。炎天下の中ほとんど日影のない歩道を25分くらいでしょうか、歩いてやっと水道事業所に到着しましたが、熱中症になりそうな勢いの暑さでした。スポーツドリンクを買ってしのぎましたが。

地図を読み取るためのリテラシーがなかった…

リテラシーという言葉についてですがその意味を調べると

“「なんらかの分野で用いられている記述体系を理解し、整理し、活用する能力」を呼ぶようにもなっている(例:「会計リテラシー」など)。そしてまた、「書かれた(印刷された)言語に限らず、様々な言語、コミュニケーションの媒体(例えば、ボディランゲージ画像映像 等まで含む)を適切に読み取り、適切に分析し、適切にその媒体で記述・表現できること」などを指すようになってきている。”

Wikipediaより

つまり私には役所でもらった地図を正確に読み解くだけの「リテラシー」がなかったという言い方をすることができます。Googleマップを見ても最初はそんなに遠くないでしょう、という思い込みがあるためチラ見しかしなかったことが敗因です。歩き出す前に、もっとよくGoogleマップと役所からもらった地図を比較して見るべきだったのです。そうすれば信号機間が600mあること、水道事業所まで2km以上あることは歩き出す前にわかったはずです。タクシーを呼ぶこともできたでしょうし、歩くとしてもそれなりの覚悟を持って行けたかもしれない、少なくとも無駄に騙されたような気分になることはなかったはずです。地図を見て何か変だなと思わなければいけなかったのですが、そんなに遠くないはずという思い込みで間違った読み込みをしたということです。

ただ、ひとつだけ言っておきたいのは2個目と3個目の信号機まで600m程度あったのに対して3個目と4個目の信号機の間は200m程度。これを同じスパンで描いてある地図もおかしいと思う…なんと言うか、だまし絵みたいになっちゃってますから。もっと言うとあたえられた情報の質が著しく低かったと言えます。言い過ぎかな…。

情報と正しく向き合いたい

ネットはいろいろな情報がすぐ検索できるのは良いのですが、自分が信じたい、そう思いたい情報を集めてしまいがちです。広範囲にわたっていろいろ調べているつもりが自分が興味のある対象の狭い範囲をグルグルしているだけになっている場合もあります。あとは関連記事に目がいって脱線したまま最初の目的を忘れて時間だけを浪費することもけっこうあります。新聞や雑誌は全部は読みませんが、興味のある記事の隣に書いてある記事をついつい読んでしまったところ、意外とためになる内容だったりネットとは違う情報の触れ方ができます。新聞の場合は脱線したまま止めどなく関連記事を追いかけるようなことにはならないのが良いのかもしれません。ネットと新聞、どちらが良いというのはないですが向き合い方を考える必要性はありそうです。

「この情報が正しい」などと思い込まず、そして自分が取ってきやすい媒体からの情報だけにとらわれず、与えられた情報を正しく疑いながら向き合って、何か変だなと思ったらとことん調べて考えてみる。そうすれば情報そのものに惑わされることはかなり少なくなるはずです。与えられた情報を鵜呑みにした場合の失敗例として地図の読み取りの失敗をあげてみました。

でも、とことん調べるとかめんどくさいし疲れるよねー。

またとりとめのない文章になりましたが、とりあえず今回はこの辺でおしまいにします。

感染症と人類の関係〜その2〜

感染症と人類はどう付き合うべきなのか?この世の中からウィルスや細菌を完全になくすことができるとは思えません。

これまでの歴史上で人類が根絶できたのは天然痘だけです。

インフルエンザウィルスは根絶どころか進化が早いのでワクチンも毎年新しい型を準備して対応しています。

私たちはどのように感染症と対峙すべきなのか考えてみます。

開発と感染症拡大の関係について

感染症を考える論点として大事だと思うこととして、人間の開発行為との関係性があげられます。

森林を伐採して農地として開発していく過程で感染症が流行するということが繰り返されてきました。

ペストが14世紀にも大流行しましたが、この時の原因の一つとして考えられているのが農地開発のための開墾による森林伐採の影響です。

これによってネズミの天敵のワシやタカやキツネ、オオカミが急減しネズミの大発生を促したと考えられます。

また、都市部に生活者が集まるようになったが衛生環境が整備されていない時代だったので肉の解体屑や排泄物などが周囲に捨てられてネズミの格好の餌になっていました。

感染症の流行についてはブッシュミートと言われる食料にする野生動物が原因になっていることが多いとみられています。

それまで手をつけていなかった森林の伐採により奥深くにひっそり暮らしていた野生動物と人間が出会うことになります。

未知のウィルスの宿主となている野生動物を人間が食べた時にそのウィルスが人間にとって生命に危険を及ぼすほどの毒性を持っていた場合は第一号の感染者になってしまうということです。

エボラウィルスの自然宿主はオオコウモリではないかと言われていますし、ペストの自然宿主は齧歯類のマーモットと言われています。

アフリカ中南米で活動する科学者団体のエコヘルス連盟のジョナサン・エプスティン副会長は「新興感染症の75%は動物に起源があり森林破壊によって本来の生息地を追われた動物たちが人里に押し出されて病原体を拡散させるようになった」と警告しています。

農耕の開始から感染症との悩ましい共存も始まった

人類の歴史の初期から感染症は存在しておりマラリアは初期人類の間ですでに存在していた可能性が高く悪性マラリアを起こす原虫は500~700万年前にチンパンジーとヒトの祖先の間で分化した可能性が高いそうです。

しかし狩猟採集生活をしていたころの人類は感染症に悩まされてされていたかというと、意外とそうではありませんでした。

先史時代の人類における感染症は炭疽症とボツリヌス症がありますが両方ともヒトからヒトへの感染はなく獣肉食などによっておこります。

人類の感染症において転換点となったのは農耕の開始、定住、野生動物の家畜化でした。農耕によりそれまでより狭い面積に人口が多く集中するようになり、かつウィルスを持つ野生動物を家畜として飼育する環境が人類に多くの感染症をもたらす原因となりました。

天然痘は牛から、インフルエンザは鶏から人間にもたらされたウィルスが原因の感染症です。

さらに四大文明が現れて人口は増えていきましたが感染症のレパートリーも繁栄と共に増えて定着していきました。

それでも人類は繁栄を重ねて現代に至ったわけで人類全体というスケールで考えれば農耕生活から都市生活への移行によるメリットは感染症によるデメリットよりも大きかったということになります。

グローバル化が高度に進んだ現代、新しい感染症は一瞬にして世界全体に拡大します。

そう遠くない未来にペストのような強毒性で感染力の高い感染症が現れる可能性はあります。

これらの感染症にどのように対応していったらよいのか、パンドラの箱を開けてしまった人類は今後も苦慮し続けなければならないということです、私自身も苦悩する一人ということになりますが。

腹を決めて許容できる範囲で共存する

新型コロナの報道などを見ていて思うのは、検査を徹底して感染者を完全に隔離しようとする人は簡単に新型コロナウィルスを根絶できると思っているのか、ということ。

不思議に思いながら見ています。

例えば、インフルエンザの予防で毎年新しいワクチンを接種しなければならないのはインフルエンザが毎年変化していくからです。

簡単に根絶ができるのであればこのような対応にはなりません。

現在、人類はインフルエンザを根絶する術を持たないため付き合っている状態ということだと理解しています。

風邪の症状の原因となる4つのコロナウィルスも根絶はできていません。

よく、本当に風邪を治す薬ができたら大発明だという話を聞きますが、人体に対してそれほど毒性が強くない4つのコロナウィルスに対してさえ根本的な効果のある薬がないということです。

まあ、4つのコロナについては毒性が弱いからそんな薬を開発する必要性すらないのが本当のところだと思いますが。

人類の文明の進化と感染症は深い関わりがあり農耕が始まってから以降、感染症から逃れられない運命である限り、腹を決めてある程度の毒性の感染症とは共生をしていくしかないです。

というかこれまでそうしてきたし、これからもそうなんでしょう。

イヤイヤ、俺はウィルスやバイ菌と共生なんてイヤーっと言っても、もう遅い。今にでも誰にでもウィルスや菌が襲いかかる可能性はあります。

日本の新型コロナ騒動は科学や医学を無視した社会問題

新型コロナ根絶したいと言っても今すぐに、PCR検査と隔離で、は無理があります。

これを本気でやったらずっと、今日の感染者は〇〇人です!ひーっ怖いわーっ、て毎日繰り返すのでしょうから…そして、このやり方では経済活動も停滞したままになります。

検査を増やして陽性者を数えていったらそれはどんどん数字は大きくなるでしょうから。

このような弱い毒性と推測される新型コロナのためにまた緊急事態宣言を出すようなことをしても意味はないです。

これがペストなどであればまた違う対応になるのでしょうけど新型コロナは今の日本においては風邪のレベルです。

少なくとも毎年流行しているインフルエンザよりは毒性が弱いと言えます。

無症状や軽い症状の方を入院させるから医療関係者が疲弊しているのであって、本来は新型コロナは指定感染症の分類から外してクリニックなどでも普通に診察できるようにするべきです。

老いも若きも風邪と変わらない新型コロナにこれだけビビっているのは日本人が持っている死生観の問題でもあります。

ご飯を自分で食べられなくなったりしたら諸外国では延命処置はしないで自然に死を待ちます。

ロックダウン政策をとらなかったスウェーデンでは無駄な延命処置は虐待と考えられています。

いろいろ書きましたが、本当はかなりの数の日本人がこの日本の新型コロナ騒動はもう科学や医学の問題ではなくて社会的な問題だと気付いていると思っています。

会社で同部署の20代の女性が「コロナはもう別に怖くないんだけど風邪を普通にひけないのが怖い、ひいたら周りから何を言われるのかわからない」と言っていました、この言葉は印象に残りました。

もう今のこの状況は異常としか言いようがありません。

この空気感を変えたいと思って最近、新型コロナネタばかり書いてしまいますが、まあ、このブログでどうこう言っても効果がほぼないかな…新型コロナより弱いな。どうしてよいのかわかりません!

感染症と人類の関係〜その1〜

感染症と人類はどう付き合うべきなのか?まずは、これまでの歴史上で人類に厄災をもたらした感染症はどのような性質を持っていて、どれ程の被害を与えてきたかを調べていきます。

風邪と呼ばれるコロナウィルスは4種類存在する

コロナウィルスという名前は今回の新型コロナ騒動の前から聞いたことはあったのですが、あらためて調べてみました。https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/9303-coronavirus.html

最近、日本感染症研究所のページをすぐ頼る癖がついてしまいました。風邪と呼ばれている症状が出るのは4種類のコロナウィルスです。そして2002年に中国から発生したSARS-CoVと2012年に中東から発生したMERS-CoV、この2つは一時期かなり騒がれていました、病気の伝搬を抑えるために第2類感染症に分類されています。ちなみに風邪症状の原因となる4つのコロナウィルスについては感染症としての分類はされていません。伝搬を抑える必要性がないほど毒性が弱いということでしょう。

2類に分類されているSARSについては2002年11月に広東省深圳で最初の感染者が出てから2003年9月に収束するまでWHOによると、トロント(カナダ)シンガポール、ハノイ、香港、台湾など30カ国で8098人の感染者、774人の死亡者が確認されました。この数字をもとにすると致死率は9.6%となります。こちらも2類のMERSについてですが2012年暮れから2013年5月にかけてサウジアラビア、カタール、チュニジアなどの中東で発生しました。イギリスとフランスでも中東から帰国した人に接触した男性が感染しました。WHOによると2014年10月までに21カ国で855人の感染者が確認され死亡者は333人、致死率は38.9%となりました。いずれも現在は収束していますが、ただ眠っているだけなのか、またどこかで発生するかどうかは誰にもわかりません。

1類に分類される感染症の危険度

1類に分類される感染症はエボラ出血熱、ペスト、マールブルグ病、ラッサ熱などがあります。当然2類よりも危険な感染症がここに分類されているわけですがその危険度はどれほどなのかエボラ出血熱とペストについて取り上げます。

エボラ出血熱は1976年に初めての感染者が確認されています。東アフリカのスーダンで倉庫番として働いていた男性が39℃の発熱を訴えた後に全身から出血して死亡しています。市場で買ったコウモリの肉を食べたことが原因ではないかとみられています。続いてその家族や同僚も発症し感染は拡大、3ヶ月で284人が発病して151人が死亡しています。致死率は53%になり人々は震え上がりました。その後エボラ川を挟んだ反対側のコンゴ共和国に飛び火し最終的に318人が発病して280人が亡くなりました。致死率は88%に達し、この感染症がかなり強い毒性を持っていることが明らかになりました。

その後エボラ出血熱の集団感染は何度か繰り返されます。そして2014年に感染爆発が起こります。3月25日、アフリカ西部に位置するギニア南東部の4カ所で発生したという報告がWHOに入りました。それから1ヶ月後には感染者242人死亡者142人となっていました。感染源はその4ヶ月前に死亡した2歳の男の子でその姉と母親と祖母も高熱と激しい下痢や出血で亡くなっています。祖母の葬儀には多くの人が駆けつけて遺体を清めて最後のお別れをしたそうですがそこから感染は一気に拡大していきました。エボラウィルスは感染者の血液や排泄物を介して感染していくので遺体に触れることはとても感染のリスクが高い行為と言えます。2015年4月19日時点でギニア、隣国のリベリア、シオラレオネ、ナイジェリア、マリの総計で感染者27079人、死亡者10823人で死亡率40%に達しましたが5月には各国でエボラ終結宣言が出されました。

直近では2018年8月にコンゴ民主共和国のキブ地域においてアウトブレイクが発生。これはついこの間2020年6月25日ににイトゥリ州、北キブ州、南キブ州で人から人への感染は終了したという宣言が出されました。この間に3470例のエボラウィルス病の症例が報告がされ2287例が死亡しました。致死率は66%にのぼります。

やはり最もヤバい感染症ペスト

次にペストですが、こちらはさらに強烈です。ローマではマルクス・アウレリウス帝の時代、西暦120〜180年頃にペストの流行で300万人以上が死亡しその後も流行が続きました。543年、西ローマ帝国のユスティニアヌス帝の時代に、また流行が発生しました。ビザンチンの歴史家プロコピウスの「戦史」にはその惨状が克明に記録されています。首都コンスタンティノープルでは毎日5000人の死者が出て市の人口の4割が失われたといいます。

中国では1331年の元王朝時代に流行が始まり1334年には河北省で人口の9割に相当する推定500万人の死者が出ました。ペスト菌はシルクロードの要衝である天山山脈のキルギス北西部のイシククル湖周辺に定着していたらしいです。このイシククル湖を通過する隊商や軍隊を通じてパレスチナ、シリアなどの中東さらにチュニスなど北アフリカに広がり、1348年にはヨーロッパ全域まで感染は広がりました。アメリカのウィリアム・アンド・メリー大学のフィリップ・デイリーダーによると、欧州の人口の3から4割に相当する2500万人から3000万人が死亡し、世界の総死者は7500万人から2億人と推定されています。とくにフランス南部からスペインにかけては8割の人口が失われました。

その後も断続的に流行は発生し第2波は1663年にオランダ1665年にロンドンで流行し市民の1/4が死亡しました。1666年にロンドンは住宅の85%を失う大火にみまわれ、その後の建築物はレンガや石造が義務付けられました。その結果ネズミの生息場所が減少してペストも収束に向かっていきました。しかし1720年にフランスのマルセイユで流行が発生し10万人が死亡しています。第3波は1894年雲南省で始まり香港に飛び火、そこから海上ルートで太平洋一帯に感染が拡大しました。日本に侵入したのは1899年神戸港に入港した台湾船から広がり27年間に流行を繰り返し2906人が発病し2215人が死亡しています。

ペストの一般的な病型は腺ペストと呼ばれていて全身の倦怠感と高熱の後、腋下や鼠頸部のリンパ腺の腫脹がおこります。ペスト菌による毒素で敗血症をおこし全身に紫斑が現れます。これが黒死病とも言われる所以です。抗生物質がない時代、発症した者のうち死亡する者の数は50%を超えました。もうひとつの病型は肺ペストと呼ばれリンパ腺の腫脹や紫斑は出ないが血痰や喀血の症状が出て飛沫感染します。なにも治療を施さない場合での致死率はほぼ100%です。

そして日本における新型コロナは…

東洋経済ONLINEを確認します。7/30日の数値をみていきます。日本全国で新規死亡者数2名…累計1005名。新規重症者数マイナス3名…回復した方が多かったということですね、累計87名。エボラやペストとの落差が激しくて肩透かしをくったような気持ちになります。で、陽性者数は1日で1297名で増えているとのことですが検査数を増やせばそれは増えるでしょうとしか言えません。私には恐怖を煽るために日を追うごとに数値を増やしているように見えていますが、皆さんはどう思うでしょうか。あくまで観測値としてある程度の正確さがあって、かつ重要なのは死者数及び重症者数だと私は考えています。陽性者数や感染者数というのは無症状の方がかなりいる限り正確につかむことはできません。なぜなら無症状の方は通常は検査すら受けませんから陽性者としても感染者としても数字として表に出てくることはないからです。また、陽性者と言っても曝露しているだけでウィルスが細胞内に侵入していない状態であれば感染しているとは言えないという考え方もあるようなので陽性者がすなわち感染者のような扱いも考え直さなければいけないかもしれません。

もっと言ってしまうと、陽性者数あるいは感染者数が増えたとしても無症状や鼻風邪程度の軽い症状であればいくら増えてもかまわないはずです。その場合は先ほど述べた風邪の症状の原因となる、感染症に分類されてもいない4種類のコロナと同じです。毒性が弱いのであれば感染した結果、抗体を持つ人が多くなった方が良いと考えることもできます。ウィズエボラやウィズペストはちょっとできませんが、ウィズコロナはできるのではないでしょうか。

まだ話したいことがありますが、長くなってしまったので次回、同テーマでもう少しお付き合いいただければと…思っております!