いつか死ぬ覚悟の話

建築士試験の失敗

昨年、建築士の試験を受験して一次試験はなんとかパスしたのですが、12/9に実施された二次試験はどうなったか?というと結果は不合格でした。今思えば二次試験を受験する頃にはかなり疲れ切っていたなと思います。二次試験の途中、製図の試験なんですが、途中で試験を放り出して帰ろうと思ったんです。あんなに勉強してきたのに。何故そう思ったかと言うと試験の途中でもうこれ以上描いても合格レベルの図面にはならないなと思ったからです。試験の最中に60秒くらいでしょうか手を止めて考えてしまいました、もう帰ろうかどうかと。

結局、途中退室はせずとりあえず時間ギリギリで図面は形にして提出しました。提出した後、数分間なんとも言えない状態、放心状態というか虚しさが込み上げてくると言うか、でもとりあえず終わったから試験勉強からは解放される安堵感も混ざっていたり、なんと言ってよいかわからない感情があって席に座ったままボーッとしてしまいました。家に帰ってからは、周囲の人にはまず合格はないだろうと伝えていました。それでも淡い期待はしていたんです。そして2/5に合格発表がありましたが、やはり合格者名簿に自分の受験番号と名前はいくら探してもありませんでした。

これはこれで仕方のないことで気持ちを切り替えてまた勉強し直して次回の製図の試験を受けようと思っていました。でも、その気持ちをまったく変えてしまう事件とでも呼べるようなことが起こりました。

生きていくうえで何を優先すべきか

44歳にしてはじめて人間ドックで健康診断を受けたのですが、その結果が2月の下旬に送付されてきてほとんど異常なしだった中で前立腺に関する腫瘍マーカーが異常値を示しているということで再検査の指示が書かれていたのです。

後日、勤めている会社から近い大きめの病院で再検査を受けました。そこでも腫瘍マーカーの値は下がらない結果で、さらに詳しく調べるためにCT画像の撮影をする検査まで進みました。この時点で、もしかしたらいきなりステージ4など言われてしまうこともあり得るなと思い始めました。後日CT画像など検査の結果から医者の先生の説明で出た話は前立腺癌の疑いがあるという内容でした。40代で前立腺癌になる人というのは10万人に数人です。さらに詳しく検査する必要があるということで身体の細胞を直接とって癌細胞の有無を調べる検生針検査という検査を受けることになりました。この検査は前立腺に十数箇所から二十数箇所、細胞を採取するための針を刺すというもので下半身麻酔をかける必要もあることから検査入院が必要となります。それなりに身体への負担がある検査で高齢の方などはこの検査自体を避けることもあるそうです。

CTの画像を見ながら前立腺癌の疑いがあると言われた時に、もしかしたらあと数年の命かもしれないと瞬時に思いました。妻と母親にはすぐにこのことを話しましたが母親なんかは電話で話している途中で泣き始めてしまい、やっぱり言わない方が良かったのかなとか思ったりもしました。

あと数年しか生きられないとしたら、今、何を優先させるべきなんだろう?と考えました。この時にはっきり頭の中に浮かんだのが、建築士の試験勉強なんかやってる場合ではないということでした。昨年一年間は周りの人に協力してもらいながら、それこそ必死になってやってきて結果が出せなかった、だから次回の試験で結果を出さなければならないから勉強は継続しようとそれまでは思っていたのに。自分で自分にびっくりしました、躊躇なくすぐにこれはやめようと決断したことに。

最も優先順位が高いと思ったのは家族と過ごす時間の確保です、次女は産まれたばかりなので特に家族と過ごす時間は優先させたいなと頭に浮かびました。次に高いと思ったのは今の仕事をしっかり続けること。後輩や部下へ自分が伝えられる知識やノウハウは形にして残さないといけない、もっと仕事のレベルを上げていかないといけない、そう思いました。あとはもっと世の中に対してアウトプットしていきたいということ、このブログがその役目を果たすためのツールとしては有効と思っています、いま現在はまだほぼ誰にも読まれていませんが。

検生針検査を受けるための検査入院をするタイミングは、新型コロナウィルスの感染者数がかなり増えている時期と重なりました。もしかしたらこの影響で検査入院が延期と言われるかなとも思いましたが滞りなく検査は実施されました。家族の立会が必要ということで妻が子供の世話から離れるのがなかなかできない状況なので母親が来てくれたのですが、こんなコロナ騒動の中にも関わらず駆け付けてもらって本当に感謝しました。

検査の結果は意外でした。癌細胞は発見されませんでしたという報告が担当のお医者さんの口から説明されました。しかし腫瘍マーカーの数値は下がっていないのでまったく癌の疑いがなくなったわけではないとのこと、現在も通院は続けて経過をみていただいているという状況です。

死ぬ覚悟はできているつもりだっただけかもしれない

あと数年しか生きられないかもしれないと思った時、今も癌の疑いは晴れていないし、もしかしたら明日交通事故で死ぬかもしれないのですが、どう生きるべきかを再考しました。死ぬことはやはり怖いというのはありますが、あまり怖がっていても意味がない。親父が死んだ時に生と死は地続きなんだなとそう確信しました。生きているという状態の延長線上に死という状態があるということで死はごく自然なことなはずです。すると結局は今をどうより良く生きるかを考えるしかないという結論にしかならない。

自分の中では死ぬ覚悟はある程度できているはずと思っていましたが、今回の前立腺癌の疑いを言われていろいろ考えた時に、全然死ぬ覚悟なんかできていなかったなと、嫁さんと、もしステージ4とか言われた時の話もしましたが話している時に「俺、全然死ぬ覚悟なんかできてない」とわかってしまいました。リアルにこの事態になってようやく少しだけ死に対する考え方が深まったに過ぎない。

子供の頃4から6歳頃がピークだった気がしますが、なぜか毎日のように自分が死ぬ夢を見ました。あれはなんだったのか今も謎ですが戦車の砲弾が身体を貫通したり、ピストルで撃たれたり、高いところから落ちたり何度も死ぬ夢を見ました、だからかわかりませんが意外と死に対してはもともとドライなところはありました。そして今回の癌疑いでさらに自分の死についていろいろ考えた時期を経由した今、新型コロナの騒ぎでものすごく怖がっている人を見かけるとちょっと笑ってしまいます。日本ではインフルエンザより死者が少ないウィルスでそこまで?と。この人はこれまでの人生で自分が死ぬことを想像したことがないのかなと不思議に見えます。第二次世界大戦時の特攻隊の若者の言葉を思い出します「俺は確信する 俺たちにとって死は疑いもなく 確実な身近な事実である」。